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腐敗防止と安全保障を結びつけるバイデン政権

「武器化された腐敗」に立ち向かう

塩原俊彦 高知大学准教授

 筆者はこの欄で、世界における腐敗防止策がこれまで四つの経路をたどってきたと論じた(拙稿「反腐敗策の四つの経路」を参照)。最近になって、ジョー・バイデン政権は別の経路から反腐敗策を強化しようとしている。それは、腐敗と安全保障を結びつけることで、より厳格な腐敗防止に乗り出そうという政策だ。そこでここでは、新しい反腐敗政策について論じることにしたい。

バイデンの「国家安全保障戦略」

バイデン米大統領

 バイデン米大統領は2021年3月、「国家安全保障戦略ガイダンス(暫定版)」「Interim National Security Strategic Guidance」を公表した。バイデンの米国が世界とどのようにかかわっていくかについてのビジョンを伝えるために示された暫定指針で、「私は、国家安全保障戦略の策定に着手すると同時に、各省庁がこの指針に沿って行動するよう指示する」と書かれている。

 このなかで注目されるのは、「米国を含む世界中の民主主義国家がますます四面楚歌の状態に陥っている」との現状にあって、「自由な社会は、腐敗、不平等、分極化、ポピュリズム、法の支配に対する非寛容な脅威によって、内部からの挑戦を受けている」一方で、「民主主義国家は、外部から敵意をもった権威主義的勢力によってますます挑戦されるようになっている」との基本認識が示されていることだ。

 そのうえで、つぎのように指摘している。

 「反民主勢力は、ミスインフォメーション(誤報)、ディスインフォメーション(意図的で不正確な情報)、武器化された腐敗を利用して、認識されている弱点を使い、自由主義国間やそのなかに分裂の種を蒔き、既存の国際ルールを破壊し、権威主義的な統治の代替モデルを推進している。こうした傾向を打破することこそ、我々の国家安全保障に不可欠だ。」

 ここでは、「武器化された腐敗」が国家安全保障にとって脅威になっているとの見解が示されていることになる。紹介した拙稿では、①反ナチスからはじまるロビイスト規制の流れ、②冷戦下で米国政府を無視して利益を貪ろうとした多国籍企業への規制強化の流れ、③反テロのための規制強化、④人権侵害を避けるという立場からの反腐敗アプローチ――という四つの経路があると解説した。バイデン政権になって、国家安全保障から腐敗防止に取り組み五つ目の経路が登場したことになる。

「武器化された腐敗」とは何か

 『フォーリン・アフェアーズ』(2020年7月/8月号)に掲載された「戦略的腐敗の隆盛 どのように国家は接待を武器にするのか」を読むと、「武器化された腐敗」が何を意味しているのかを理解することができる。そこでは、つぎのように指摘されている。

 「いま何が新しいかというと、腐敗が国家戦略の手段に変形さえれていることだ。近年、ことに中国やロシアをはじめとする多くの国が、これまで自国の政治システムの特徴でしかなかった腐敗を、世界を舞台にした武器に変える方法を見出したのである。以前にも各国はこのようなことを行ってきたが、今日のような規模ではなかった。」

 腐敗が安全保障に深くかかわっているはクーデターを研究すればわかる。1968年刊行の『クーデター入門』(日本語訳は1970年刊行)で有名となったエドワード・ルトワックは、2016年に出した改訂版、2018年の日本語訳『ルトワックの〝クーデター入門〟』のなかで、つぎのように改訂版を出した理由をのべている。

 「たしかに細かい部分で修正すべきところをみつけたのだが、それよりも大きく見逃していたことに気づいたのは、多くのクーデター発生のきっかけが「腐敗」にあったということだ。」

 腐敗があるところでは、権力を奪えば莫大な富を得ることができるので、腐敗の存在がクーデターを行う動機となる。ゆえに、昔から、腐敗と安全保障とは深く関連し

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