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地政学からみた水資源

気候変動で予想される深刻化のゆくえは

塩原俊彦 高知大学准教授

 水資源は、地球上の政治・経済などの主導権を争う覇権争奪という地政学上の課題に直結している。最近では、2021年4月29日、フェルガナ渓谷のタジキスタンとキルギスの国境にある配水ポイントをめぐって紛争が起き、死者約50人、負傷者数百人といった大規模な衝突事件に発展した。ここでは、やや以前になるが、2019年2月、スペシャルレポートとして「水」をとりあげた、The Economistの記事に触発されながら、水資源に対する全般的な関心を呼び起こしつつ、現在における水資源をめぐる覇権争奪について解説してみたい。

深刻な水不足

 まず、The Economistは地球上の水資源についてつぎのように記述している。

 「海は塩分を含んでおり、地球上の全水量の97.5%を占めている。さらに1.75%は極地や氷河、永久凍土などで凍結している。つまり、世界は地球上の利用可能な水のわずか0.75%を頼りにしなければならず、そのほとんどが地下水であるにもかかわらず、必要な水の59%を地表の0.3%から得ているのだ。」

 これをわかりやすく示したのが下図である。海水ではない淡水のうち、多くは氷河や永久凍土に凍結されたり、地下を流れたりしている。地表と大気中にある水はわずかだ。そのなかで人々が通常、目に見えるかたちで利用可能とわかるのは湖に貯め込まれたり、川を流れたりしている水にすぎない。身近な水である川、湖、地下水は農業にもっとも利用されている。

 こうした状況に長年にわたって対応してきた人類はいま、気候変動によって水資源の利用の既存ルールの揺らぎに直面し、新たな秩序をめぐって覇権争いを展開している。深刻さを示す例として有名なのは、ウズベキスタンとカザフスタンの間にある世界で4番目に大きい塩水湖であったアラル海の縮小だろう(写真参照)。

 国連の『世界水資源開発報告2018』には、「2010年代前半から中盤にかけて、約19億人(世界人口の27%)が深刻な水不足の可能性のある地域に住んでおり、2050年にはこれが約27億〜32億人に増加する可能性がある」と書かれている。「すでに世界の36億人(世界人口のほぼ半分)が、1年に少なくとも1カ月は水不足の可能性のある地域で生活しており、2050年には約48億〜57億人に増加する可能性がある」としたうえで、「影響を受ける人々の約73%はアジアに住んでいる(2050年には69%)。適応能力を考慮すると、2050年代には36〜46億人(43〜47%)が水ストレスにさらされ、91〜96%が主に南部と東部のアジアに、4〜9%が主に北部のアフリカに住むことになる」と予想されている。

 加えて、2014年に公表された論文「都市型惑星の水:都市化と都市の水インフラの到達点」では、大都市の水源に関する初めての世界的な調査に基づいて水不足になりかねない都市の水ストレスがランクづけされた。水不足の都市は、インドと中国に集中している(2位がデリー、4位が上海、5位が北京)が、トップは東京だった(下表を参照)。世界的にみると、東京の水資源は深刻化するとみられているのだ。

 2018年10月の「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)の特別報告書では、2050年までに気温が2度上昇した場合、「合計で4億8600万人、すなわち2000年の世界人口の約8%(米国とインドネシアを合わせた同年の人口にほぼ匹敵)」が新たな、あるいは悪化した水不足にさらされることになるという論文が紹介されている。この値は温暖化が1.5度の上昇に抑えられた場合にはほぼ半減する。特に中東・近東の河川流域に住む人々は、地球温暖化が2度未満に抑制されたとしても、新たに慢性的な水不足にさらされると予測されている。

 温暖化は河川の年間平均流量を減少させる。地球温暖化シナリオを1.5度上昇から2度上昇に変更するだけで、地中海地域周辺の年間平均流水量はこの二つの温暖化レベルの間で10~30%の減少がみられるという。

国際的な「水争い」

 こうした事情から、近年、国際的な「水争い」が目立っている。気になるものをピックアップしたのが下の囲みである。

 メコン川の例は中国が抜け目なく水資源を利用して、覇権拡大に成功した

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