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コロナ再拡大で「衛生パス」登場のフランス マクロンの激烈な演説に国民は

医療関係者などへのワクチン義務付けも表明。「自由、平等、博愛」に反するとデモも

山口 昌子 在仏ジャーナリスト

フランスのマクロン大統領=2021年6月11日、パリの大統領府

 インドで発生した感染力の強い「デルタ株」が世界中で猛威を奮っている。「五輪開催中」の日本も6都府県に緊急事態宣言、5道府県にまん延防止重点措置の適用が出されたが、フランスでは7月中旬から、ワクチン接種やコロナ検査陰性を証明する「衛生パス」を携帯しないと、競技場や映画館、美術館などの公共施設はもとより、レストランやカフェのテラスでお茶も飲めない。いかにも中央主権国家的な強硬対策が発動中だ。

 日本政府が「五輪開催中」の緊急事態宣言などに踏み切ったのは、「五輪開催後」に1日の全国のコロナ感染者が1万人を超えたことなどによるが、フランスでも感染者が急増、いまや1日の感染者が万単位だ。7月24日から25日にかけての週末は2万7000人を記録。集中治療室の重症化患者は1015人、入院中は7236人(7月29日現在)と、昨春のピーク時に迫る勢いだ。これまで感染率が低く、感染しても軽症で済んだ30代から40代の感染者が増えており、「若者層のまん延」(ヴェラン連帯保健相)が特徴だ。

「衛生パス」、ワクチン接種の義務付けを宣言

 マクロン大統領は7月12日にラジオ・テレビで演説し、21日から一部スポーツ競技場などでワクチン接種済みやコロナの陰性を証明する「衛生パス」の携帯を義務付けることを発表した。8月1日からは、カフェやレストラン(テラス部分を含む)をはじめ、映画館、美術館などの公共施設への入場はもとより、列車、航空機、長距離バスの乗車には「衛生パス」携帯の義務付けを発表した。

 また、自由意志が原則のワクチン接種も、医療関係者など一部従業員に限っては義務付けを宣言。9月中旬までにワクチン接種の義務を遂行しない者は、「職場に来る必要なし」と述べ、解雇の恐れがあることを強調した。これらの措置に関しては7月21日から国民議会(下院)及び上院で関係法案の審議を行い、法制化の意向も表明した。

 続いてカステックス首相が7月21日にテレビインタビューで、「衛生パス」の実施に関しての細目を説明。同日夜から上下議会で法案の審議を開始し、7月27日に賛成多数で採決した。憲法評議会が8月5日から法制化の妥当性を審議するが、破棄院(最高裁判所に相当)で弁護士を務めるパトリス・スピノジは、一部のフランスメディアで、「自由に対する恒久的な危険なし」と言明したので、憲法評議会が多少の修正を要求することはあっても、法の発効は確実視されている。違反者には罰則が科せられる。

YAKOBCHUK V/shutterstock.com

効果満点のマクロン大統領の演説

 大統領のコロナに関するラジオ・テレビ演説は7回目。コロナが猛威を奮っていた昨春には、「これは戦争だ」と宣言し、国民に挙国一致の覚悟を迫るなど、毎回、強い調子で国民にコロナ克服を訴えたが、今回は特にマナジリを上げて、まるで決戦に臨むかのようだった。日本の首相や官僚が、国民に「お願いします」とお願いする姿からすると、異常とも見える激しさだった。

 大統領のこの威嚇的ともいえる演説は効果満点だった。午後8時から約30分の演説終了直後から夜半までのワクチン接種予約者は約90万。翌日には80万が接種し、15日までの3日間で予約は約200万に達した。それまで、「若いから感染しない」「感染しても大半が軽症」「ワクチンの副反応が怖い」「予約などが面倒」などの理由でワクチンを避けていた20代~40代が、「レストランに行きたい自由」「バカンスに出発したい自由」「映画やコンサートに行きたい自由」のために、ワクチン派に転向したからだ。

 フランスのワクチン接種者は1回が国民の約59%、2回が約50%(7月末現在)。8月末までには5000万人(人口約6600万)が1回接種を済ます予定だ。

マクロン大統領の演説の翌日、パリ郊外のショッピングモール内の予約不要のワクチン接種会場の前にできた行列=2021年7月13日

「義務化は国是違反」と全国でデモ

 一方で、大統領の高圧的な「宣戦布告」に反発し、「反ワクチン」「反衛生パス」のデモが7月中旬の土曜日から始まった。ワクチンや衛生パスの義務化は「自由、平等、博愛」のフランスの国是に反するとし、デモでは「自由」の文字が踊り、三色旗がはためき、国歌「ラ・マルセイエーズ」が歌われた。

 17日に全国で約10万人、24日に約16万人、31日は約20万人が参加。8月2日から5日にかけてもパリを中心にデモが展開される。2回目からは一部が暴徒化したため、31日には3000人の警官が出動、逮捕者も出た。

 デモを呼びかけたのは、コロナのまん延で鳴りを潜めていた市民運動「黄色いベスト」と、「反マクロン」「反政府」の極左政党・服従しないフランスや極右政党・国民連合(RN)などの野党だ。ただ、デモの参加者の動機は様々で、必ずしも「反ワクチン」ではないようだ。

 この機会に、物価上昇や一般的なマクロン政権への不満を表したい。あるいは、昨春以来の3回にわたる長期の「外出禁止令」や「夜間外出禁止令」で、蟄居(ちっきょ)生活を強いられたことによる心身の疲れや、バカンスに行く当てのない憂さを発散したいという人たち。あるいは、子連れで「散歩がわり」に参加したというカップルもいる。いずれにせよ、仏社会に鬱積していた種々の不満、不平が噴出した形だ。

「衛生パス」とワクチン義務化に抗議するため三色旗を掲げて抗議する人たち=アルビ・フランス、2021年7月17日 S. Pech/shutterstock.com

「反ワクチン」運動と大統領選

 「黄色いベスト」は2018年秋の誕生当時、燃料への課税値上げに反対した政治色が薄い市民運動だったが、次第に暴徒化した結果、国民の支持を失い、コロナ禍以前に少数を残して解散同然。今回のデモ参加者も「黄色いベスト」に賛同しているわけではない。

 フランスのメディアが野党の動きとして注目しているのが、パリでの7月24日、31日のデモを先導したフロリアン・フィリポだ。

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