メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

「メタバース」考:インターネット後の世界からいまを見つめる

無数の他者と正確なリアルタイムで同期する持続的なコミュニケーションを実現

塩原俊彦 高知大学准教授

 地政学では、陸・海・空・宇宙そしてサイバー空間について、その安全保障が各国の政治・経済や文化などにおよぼす影響に注目している。筆者が陸・海をまたぐパイプラインに注目して『パイプラインの政治経済学』を書いたり、あるいは、『サイバー空間における覇権争奪』を上梓したりしてきたのも、地政学研究の一環であった。

 そんな筆者がいまもっとも気にかけているのは、「メタバース」についてである。サイバー空間を支えてきたインターネットに代わる、まったく新しいデジタル空間である「メタバース」を知らなければ、地政学上の覇権争奪そのものを議論できないからである。そこで、「メタバース」について解説し、地政学研究の新たな地平を拓くことにしよう。

「メタ」+「ユニバース」=「メタバース」

 「メタバース」という言葉に注目すると、これは、接頭辞「meta-」と「universe」の合成語ということになる。後者は「宇宙」という壮大な意味合いをもっている。

 この言葉は、1992年に発表されたニール・スティーヴンスンの小説「スノウ・クラッシュ」(「薬」の名前だ)のなかで、つぎのように登場する。

 「つまり、ヒロは実際にはここにいない。コンピューターがゴーグルに描いてイヤホンに流している、コンピューターでつくられた宇宙のなかにいるのだ。この想像上の場所は、専門用語で「メタバース」と呼ばれている。ヒロは多くの時間をメタバースで過ごしている。」

 このメタバースは、2045年を舞台にしたSF小説「レディ・プレイヤー・ワン」(2011年にアーネスト・クラインが出版)のなかでは、「オアシス」と名づけられて登場する。2018年に公開されたスティーブン・スピルバーグ監督の映画「レディ・プレイヤー1」でも、このオアシスが登場する。このオアシスでは、身分を変えて遊び、日常生活の不幸を忘れることができる仮想世界が体験できる。関心のある読者はこの映画を観れば、メタバースのイメージをつかめるだろう。

 筆者は、テクノロジーの進化が「ミラーワールド」と呼ばれる、「フィジカル(現実)とデジタル(ヴァーチャル)の世界」の融合した世界、すなわち、「「拡張現実」(AR)によって現実がヴァーチャルなイメージ画像や動画に拡張しつつ、現実世界にそのまま投影されているような世界」について、このサイトで論じたことがある(拙稿「『ミラーワールド』という未来からを『主権国家本位制』を斬る」を参照)。メタバースはこのミラーワールドを一歩進めた、「我々が生きているアナログの世界を超えて、完全に実現されたデジタルの世界」を意味している(「我々はまだメタバースのなかにいるのだろうか?」という「ニューヨーク・タイムズ電子版」の記事を参照)。

 別言しよう。「ワシントン・ポスト電子版」によると、メタバースは、「見るのではなく、そのなかにいるような具現化されたインターネットとみなしてほしい」という。人が物理的な世界を操作するのと同じように、アバターがサイバースペースを歩き回り、地球の裏側にいる人と同じ部屋にいるかのように交流することができるという空間だ。

 たぶん、インターネットにログオンするのと同じように、メタバースにログオンするようになる。ただ、コンテンツを見るときにはスクリーンではなくヘッド・マウント・ディスプレイを使い、物をつかむときにはフェイスブックのリストバンドのようなモーショントラッキングを使うだろう。インターネットがだれにも所有されていないのと同じように、メタバースがたった一つの企業によって所有されることはないだろう。しかし、今日、大手ハイテク企業がオンラインコンテンツを独占しているように、企業はメタバースの一部を独占しようとするかもしれない。

1)子供とヘッドマウントShutterstock.comLightField Studios/Shutterstock.com

 2020年のThe Economistの記事では、メタバースについて、「特殊なゴーグルを介して個人がアクセスできる永続的な仮想世界であり、人々が出会い、領土を主張し、物をつくり、お金を稼ぐことができるものだった」と説明している。さらに、こうしたスティーヴンスンのビジョンの実現を多くのハイテク企業がめざしており、この「社会的で永続的な、だれもがアクセス可能な仮想現実の3D空間」こそ、「今日のインターネットの後継者となる」と指摘している。

 パンデミック下の2021年7月10日付で公表された、前述のNYTの記事では、「流行語としてのメタバースとは、パンデミックによるオンライン化で盛り上がった、さまざまな仮想体験、環境、資産のことを指している」としている。加えて、「これらの新しいテクノロジーは、インターネットが次に何になるかを示唆している」とも記している。メタバースがポスト・インターネットの後継候補であることを認めていることになる。つまり、インターネットを世界中の多くの人が知っているように、今後、メタバースのことを何十億人もの人々が理解し、実際に体験するようになる可能性が濃厚なのだ。

インターネットの次世代としてのメタバース

 メタバースについて、早期の段階で包括的に論じたのは、ベンチャー企業のアドバイザーなどを務めているマシュー・ボールだろう。ここでは、2020年1月13日に公表された、彼の記事「メタバース:メタバースとは何か、どこで見つけられるのか、誰が構築するのか、そしてフォートナイトについて」を紹介し、メタバースについての理解を深めたい。

 まず、インターネットの設計思想とメタバースの設計思想が異なる点を指摘しておきたい。拙稿「ロシアが国連に提出した新たなサイバー犯罪対策条約案」のなかで紹介したように、インターネットを支えるWorld Wide Webは、一つのコンピューターから別のコンピューターへファイルを共有するために設計されたので、インターネットの基本的なシステムのほとんどは、一つのサーバーが他のサーバーやエンドユーザーのデバイスと「会話」することを中心に設計されている。

 ボールはつぎのように説明している。

 「たとえば、今日のフェイスブックには何十億人もの人々が参加しているが、各ユーザーは他のユーザーとではなく、フェイスブックのサーバーと個別に接続を共有している。そのため、他のユーザーのコンテンツにアクセスしても、実際にはフェイスブックが提供している最新の情報を利用しているにすぎない。疑似同期プログラムの最初の形はテキストチャットだったが、ほとんど静的なデータをサーバーにプッシュして、必要なときに、どこで、どのように、といった最新の情報を引き出しているにすぎない。」

 これに対して、メタバースでは、無数の他者と正確なリアルタイムで同期する持続的なコミュニケーションを実現させるための設計が必要になる。だからこそ、メタバースはインターネットの次世代のデジタル世界と考えられているのである。

メタバースの7条件

 それでは、メタバースとはどのような条件をクリアしている世界なのだろうか。ボールは七つの条件をあげている(ほかにも核となる条件があるが、幅広い合意が得られているわけではない)。

 1.永続性:「リセット」、「一時停止」、「終了」することなく、無期限に続くという特徴。

 2. 同期的でライブであること:だれにとっても一貫してリアルタイムに存在するライブな体験となる。

 3. 同時接続ユーザーに制限がなく、各ユーザーに個別の「存在感」を与えること:だれもがメタバースの一部となり、特定のイベントや場所、活動に、同時に、個別の主体性を持って参加可能である。

 4. 完全に機能する経済であること:個人や企業は、創造・所有・投資・販売することができ、他の人に認識される「価値」を生み出す、信じられないほど幅広い「仕事」に対して報酬を得ることができる。

 5. デジタルと物理の世界、プライベートとパブリックのネットワーク/エクスペリエンス、オープンとクローズのプラットフォームの両方にまたがるエクスペリエンス(体験)であること。

 6. それぞれの体験において、データ・デジタルアイテム/アセット・コンテンツなどの前例のない相互運用性を提供すること:たとえば、あなたがつくった「Counter-Strike」(対テロ特殊部隊とテロリストとの戦いをテーマにした対戦ファーストパーソン・シューティングゲーム)の銃のスキン(概観)は、「フォートナイト」(後述)の銃を飾るためにも使えるし、フェイスブック上/経由で友人にプレゼントすることもできる。同様に、「Rocket League」(ジャンプやロケット飛行ができる特殊な車を操作してサッカーを行う架空のスポーツを題材としたコンピュータゲーム)のために(あるいはポルシェのウェブサイトのために)デザインした車を、「ロブロックス」(Roblox)に持ち込むこともできる。

 7. 信じられないほど広範な貢献者によって作成・運営される「コンテンツ」や「体験」で構成されていること:貢献者には独立した個人もいれば、非公式に組織された集団ないし商業的にフォーカスされた企業もあるかもしれない。

すでにある「世界」との差

 こんな条件を示すだけでは、まだメタバースの世界をイメージするのは難しいかもしれない。そこで、ボールはすでに存在する「世界」と比較することで、メタバースの世界をよりわかりやすく説明している。ここでは、その説明の一部を紹介したい。

 1. 「仮想世界」:人工知能(AI)を使ったキャラクターが登場する仮想世界やゲームは何十年間も存在しているが、単一の目的(ゲーム)のためにデザインされた、合成・架空の宇宙にすぎない。

 2. 「仮想空間」:仮想ゲーム「セカンドライフ」のようなデジタル・コンテンツ体験はしばしば「メタバースの原型」とみなされている。そうした体験が、(A) ゲーム的な目標ないしスキルシステムに欠ける、(B) 持続する仮想的なたまり場である、(C) ほぼ同期的にコンテンツが更新される、(D) デジタル・アバターで表現された実在の人間がいる――ためである。しかし、メタバースにとっては十分な属性ではない。

 3. 「仮想現実」:仮想現実(VR)は仮想の世界ないし空間を経験するためのものだが、デジタルの世界での臨場感だけではメタバースにはならない。

 4. 「デジタルエコノミーと仮想経済」:これらはすでに存在する。ビデオゲームWorld of Warcraftのようなゲームでは、現実の人々が仮想のグッズを現実のお金と交換したり、仮想の仕事をして現実のお金と交換したりすることで経済が機能してきた。アマゾンのMechanical Turkのようなプラットフォームやビットコインのようなテクノロジーは、個人・企業・コンピューターを雇って、仮想的でデジタル的なタスクを実行させることを基本としている(Mechanical Turkについては拙稿「AI利用最前線の闇」を、ビットコインについては拙稿「いまさらながらのビットコイン考」を参照)。

 5. 「ゲーム」:後述するように、フォートナイトにはメタバースの要素が多くある。だが、まだ利用者が限定されており、前述したメタバースの7条件は満たしていない。

 6. 「仮想テーマ・パークないしディズニーランド」:メタバースでは、「アトラクション」は無限にあるだけでなく、ディズニーランドのように集権的にデザインされることもプログラムされることもない。

メタバースに近いフォートナイト

 不完全なメタバースはすでに複数存在する。

・・・ログインして読む
(残り:約3285文字/本文:約8084文字)