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「親の権利」から「子の安全」へ〜共同養育を進めた国で起きている方針転換

「親権」をめぐる海外の経験に学ぶ

阿部 藹 琉球大学客員研究員

 先日、イギリスの司法省が発行した報告書の翻訳チェックの依頼を受けた。軽い気持ちで引き受けたのだが、送られてきた216ページにも及ぶ報告書を読み進めるにつれて、事の重大さに気づかされた。

 その報告書は、イギリス司法省が専門家委員会を組織し、家事事件を扱う裁判官から支援団体、法律実務家、そして当事者である子どもを含む多様な関係者への聞き取りを行い、離婚後の子どもの養育に関する裁判事例における子どもや親への危害のリスクを調査し、2020年6月に公表したものだった。

 私は、イギリスのように離婚して夫婦関係を解消しても、子どもと同居している親はもちろん、同居していない親も面会交流などを通して子どもの養育に共同であたる制度は、ジェンダー平等の観点からも、子どもの生育にとっても望ましいことだと感じていた。そのため、それが「子どもへの危害のリスク」という言葉とすぐには結び付かなかった。しかし、離婚後の親子の面会交流の場において子どもの安全や心の安定が脅かされるケースが数多く掲載されている報告書を読み進めていくうちに、イギリスという国が、この危険を除去するために家事司法のあり方を大きく方針転換しようとしていることが分かってきた。

イメージ画像(本文とは関係ありません)

 気になって調べたところ、このような方針転換を行なっているのはイギリスだけではなかった。オーストラリアやカナダなど、これまで離婚・離別後の共同養育を推し進めてきた国々が今、その「負の側面」に向き合い、法制度を転換しているのだ。

 日本で「共同親権」に関する議論が盛んになってきている今、「離婚後にも両親が共同で子の養育にあたる」という法制度を推進、整備してきた国々がどのような問題に直面しているのか、なぜ方針転換に向けて舵を切り始めたのか、これからの日本の法制度を考える上での先行事例として参考になるのではないかと考えた。

 そこで本稿では海外諸国の家族法を調査・研究している大阪経済法科大学・法学部の小川富之教授へのインタビューや前述したイギリス司法省の報告書を通して、これらの国々で一体何があり、どのように法制度を変えようとしているのかを紹介したい。

オーストラリアにおける変遷

共同養育へ、転換点となった2006年の法改正

 小川教授がまず例としてあげたのがオーストラリアだ。オーストラリアは諸外国の中でもいち早く包括的な家族法を制定した国である。1975年に連邦家族法が制定され、離婚のあり方やその後の子どもの養育に関する先進的な法制度を整えた。その後4回大きな法改正を行っているが、 離婚後の共同での養育、つまり子どもと“両方の親”との継続的な関わりを実現しようとした2006年の法改正が大きなターニングポイントとなったという。

大阪経済法科大学・法学部 小川富之教授

 小川
 2006年の法改正では、2つの重要な変更がありました。
 一つは「養育時間分担(shared parental time)」という用語が使用されたことです。オーストラリアでは離婚数が増加し、さらに母親が子どもとの同居を認められるケースが増加したことを機に、「子どもとの面会交流が制限されている」という不満を持った父親が増加しました。その父親たちが権利団体を結成し、子どもとの面会交流を通じた共同養育の強化を求める全国的なキャンペーンを展開しました。このキャンペーンが世論を動かし、養育責任を両方の親が分かち合うという意味合いが強調された「養育時間分担」という用語が登場しました。この用語が「両親が均等な養育時間を確保する」ことを求めていると解釈され、面会交流を求める「親の権利性」が強化されました。これによって離婚後に同居していない親(多くの場合父親)と子の面会交流が強く推進されるようになりました。

 もう一つは「フレンドリーペアレント」という条項が新設されたことです。フレンドリーペアレント条項とは、面会交流をスムーズに行うために、他方の親との面会交流に寛容な親(つまり相手に対して友好的な親)の方に監護権を付与するというルールです。面会交流を通じた共同養育を目指すための条項ですが、これによって、例え「家庭内虐待があるので子どもを他方の親に会わせたくない」と思っても、それを主張するとフレンドリーではないと見做され、同居する親として子どもを養育することができなくなる可能性が高まることから、それを避けるために裁判で家庭内暴力や虐待を主張することが抑制されるようになりました。

子どもと同居親に起きた生命・身体の重大問題

 オーストラリアでは、この法改正が家族問題に与える影響を調査するための専門委員会が設立され、詳しい調査が行われた。その調査の結果様々な課題が明らかになったが、特筆すべきは子ども、そしてその子どもと同居する親の生命と身体に重大な問題が発生するケースが多発したことだという。その最も象徴的なケースがダーシー・フリーマン事件と言われるものだった。

 ダーシー・フリーマン事件とは、2009年の1月に当時4歳だったダーシーちゃんが、面会交流中

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