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災害危機時の日本の医療体制が抱える致命的な問題とは~上昌広氏に聞く

コロナ対策徹底批判【第三部】~上昌広・医療ガバナンス研究所理事長インタビュー⑩

佐藤章 ジャーナリスト 元朝日新聞記者 五月書房新社編集委員会委員長

 ダイヤモンド・プリンセス号ではなぜ、14人もの犠牲者を出し、日本の対応はなぜ世界中から批判を浴びたのだろうか。その原因については、前回(下記の2記事参照)までの上昌広・医療ガバナンス研究所理事長に対するインタビューでほとんど明らかになった。

 一言で言えば、3713人もの乗船客、乗員が乗り合わせているのに、抽象的な公衆衛生の面だけを重視して、生身の人間に対する医療面の対応がほとんどなおざりにされたからだ。結果的に、切実に医療ケアを必要としていた高齢者たちが犠牲になったのである。

 しかも、その公衆衛生面の対策も、「空気感染」というコロナウイルスの主要な感染伝播ルートがわかってきた現在から振り返ってみると、ほとんど的外れなものだった。この問題はダイヤモンド・プリンセス号だけに当てはまるものではない。驚くべきことに、日本全体にいまだに言えることなのだ。

 今回、上昌広氏は、3・11の後の福島・浜通りでの自らの臨床体験も踏まえて、災害危機時の日本の医療体制問題について警告を発する。

インタビューにこたえる上昌広・医療ガバナンス研究所理事長

災害の時に有効なコミュニケートとは

――上さんは2011年の3・11の直後、福島県浜通りの被災地に入って医療活動を続けました。ダイヤモンド・プリンセス号と東日本大震災とは、もちろん被災の形態は違いますが、対応の仕方で共通して言える点はありますか。

 被災現場では、いろいろな人がいろいろな機関から派遣されてきて、往々にして屋上屋を重ねる形になってしまいます。命令系統のラインが複数できて、むしろ無責任体制になり、決定権を持たない人ばかりになってしまう傾向があります。

 経験上言える話だと思うのですが、災害の時というのは、ノウハウを持った人間同士か有能な人間同士がコミュニケートを取る以外なくなってくるんです。

 東日本大震災では、現場に入ってすぐに、高校時代の剣道部の7年上の先輩が携帯に電話してきたんです。「お前やってるらしいな」って。この先輩は航空自衛隊の技官のトップで福島を担当していたんです。

 あの時、南相馬市立総合病院が完全に孤立してしまって、食料も水もなくて自動販売機を壊してしのいでいたんです。私は、その先輩を地元のことを把握している立谷秀清・相馬市長に繋ぎました。立谷市長は、隣町の市民病院のことも把握していて、自衛隊に情報を伝えたのです。その翌日、自衛隊が補給・救援に入りました。

 当時、福島県庁は大混乱でよくわからないし、こういう時は様々なガセネタが入ってくるんですよ。だから、携帯に電話してきたこの先輩のように、本当に信頼できる相手からの情報を信用して動くしかないんですね。

痛恨だった検疫所長の弱さ

 ダイヤモンド・プリンセス号の場合も、様々な人間がクルーズ船に入ってきたと思うんですね。もちろんみんな悪意はないんです。だけど、そういう時は、現場の命令系統のラインが強いところが主導権を取らないと無理なんです。ラインの弱いところがやってもできないので、結局強いところがカバーするしかなくなってくるんです。

 ダイヤモンド・プリンセス号の場合、本来は権限を持っているはずの検疫所長が弱かったのが痛かったと思います。厚生労働大臣が検疫所長の人事権を持っているので、その検疫所長を更迭するかどうか、その時に冷静に素早く判断すべきだったんです。

 クルーズ船ですから船長と検疫所長以外は権限を持っていないはずなんです。だから、応援の形としては船医を入れるか、検疫所に人を入れるかすべきだったんですね。混乱している時ほどラインがどうなっているかってことを、よく見た方がいいんです。
結局、法的権限がないと動かないんですよ。だから、逆に言えば、こういう時に総理にいくら訴えても何もできないんです。

――ダイヤモンド・プリンセス号の場合は滅多にない特別なケースなわけだから、有能な人間に特別な権限を与えて特派するとか、そういう方法はどうですか。

 権限を与えるためには議会を通さないといけないので、特派した人間を検疫所長の下につければいいんですよ。

 南相馬市立総合病院には教え子の坪倉正治君に行ってもらったんですが、こういう危機の時には坪倉君のような有能な若い人間が必要なんです。被災地では、いわゆる「偉い人間」はあまり歓迎されない。そういう人を送ったって、手間がかかるだけなんですよ。

 現場では与えられた仕事を黙々とやるしかありません。議論は東京でやっていればよくて、現場では議論はいらないんです。ダイヤモンド・プリンセス号の場合も、検疫所であればポストはいっぱい持っているはずなんで、発令しようと思えばできるんです。だから、携帯電話で話がすぐに通じるような検疫所長でなければ、こういう難局は乗り切れないんです。

 検疫所長はめちゃくちゃ権限が大きいので、本来、有能な人でなければ無理なんです。有能でない人がトップダウンでやったって混乱するだけです。

新型コロナウイルスの集団感染が発生したクルーズ船ダイヤモンド・プリンセスの船内での活動の様子=2020年2月、鈴木諭医師提供

権力の暴走を止められるのは臨床研究だけ

――有能な人が組織のトップに立たなければいけないということは、組織論の鉄則だと思いますが、日本の現実はなかなかそうはいかないですよね。

 国家とか組織を守らなければならないとなると、どうしても議論は総論の神学論争の色合いを帯びてくる。そうなると、権力を持っている方が勝つんです。だけど、各論になれば権力が入ってくる余地がなくなる。

 ダイヤモンド・プリンセス号の場合も、医師が判断して下船させようとしているのを権力者は邪魔することはできないし、「目の前で死ぬんだぞ」と言われれば何も言えないんです。大事なのはデータなんです。まさに臨床研究なんですよ。

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