メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

文通費問題から考えた日本の政治家の役割と対価の小ささ~対米比較で見る

「官僚の神輿に乗る」日本の政治家と米国の政治家の仕事の違いとは?

酒井吉廣 中部大学経営情報学部教授

 国会議員に月に100万円を支給する文書通信交通滞在費(文通費)の見直しについて、与党・自民党は21日に閉会した臨時国会での法改正を見送った。使途の公開をめぐり、与野党が折り合えなかったという。

 文通費は国会議員に歳費とは別に支給されるもので、議員が公的業務をおこなうために書類を発送したり、移動したり、通信する等のために使われるのが建前だ。しかし、領収書や使途の報告がいらないので、事実上「第二の給与」と言われている。背景には、議員の生活費を賄うために使っていることが実態化しているという事情もあるようだ。

 今回、文通費の問題がクローズアップされた発端は、10月31日に行われた衆院選で当選した新人議員らに、10月分の文通費が満額支給されたこと。野党から、「国会議員が優遇されすぎ」などの声が上がり、支払いを「日割り支給」にする▼領収書を添付して「使途公開を義務化」する――ことなどが議論されたが、「使途公開」に関して与野党の溝が埋まらず、先送りになった。

文書通信交通滞在費(文通費)の改正法案を衆院に提出する立憲民主党の国会議員ら=2021年12月7日、国会内

文通費の月額100万円は必要十分なレベルか

 ただ、筆者はこの問題の本質は、「日割り支給」「使途公開」ではなく、支給される金額ではないかと考えている。

 文通費は、日本国憲法の施行日(昭和22年5月3日)と同日に施行された国会法38条を根拠法とし、当初の金額は月額125円だった。金額について、「国会議員の歳費、旅費及び手当等に関する法律」(歳費法)に基づき、衆参両院の議長が定めることになっている。

 では、月額100万円は、立法府に所属する国会議員が法律を作るための作業を支える「給与」として、必要十分なレベルなのか。もっといえば、文通費に限らず、政治家が政治活動に使うために支払われるお金は、その活動に見合ったものなのか。本稿ではこの点について、筆者が働いてきたワシントンの現実を踏まえた米国と比較しながら考えてみたい。

 日米比較をするため、政治活動費として考えられるものを、人件費、オフィスの経費郵便費や地元と東京の移動費とする。

 日本の場合、通信費や移動費にあたる文通費は年額では1200万円。人件費(=秘書への経費)は、歳費で3人まで雇える公設秘書は、3人が法律上の最高額を受けるなら給与は2386万円(秘書給与法にある給料、住居手当、通勤手当、期末手当、勤勉手当の合計)。これに、期末手当、住居手当などが付く(ただ、公設秘書は給与が歳費なだけで議員の個人的な部分を含む業務を行うため、対米比較の際に加えるのは本来なら適当ではない点は指摘しておく)。さらに、JRでの移動が無料(長距離の場合はグリーン料金も無料)で、仮に大阪府選出の議員なら毎週地元と東京をグリーン車で3往復すると仮定すると年間520万円程度となるため、あえて520万円としておこう。

 以上、文通費と秘書への経費、旅費を入れて4106万円。ここには、議員事務所の賃料が含まれていないが、賃料に多寡はあるにせよ、平均年間500万円として、総額で4600万円程度だろう。本稿では、これを日本の「国会議員の活動経費」と仮定する。

 なお、文通費を正しく理解するためには、帝国議会の時代からの歴史を追う必要があるが、これについては次回に譲る。

仕事も多いが活動経費も巨額な米国の議員

米連邦議会議事堂=2021年7月20日、ワシントン

 米国にも、日本の「国会議員の活動経費」に似たものがある。米国の上下両議員が受け取る「文通費」的なものは、日本とは比べものにならないほど高い。米下院議員で一人平均年間131万5523ドル(1億4996万円)であり、上院議員で一人平均346万7971ドル(3億9534万円)である。

 上下院の金額に開きがあるが、それは中身が違うためだ。以下、具体的に見てみよう。

下院議員の活動経費

 下院議員は現在435名。この数は、全州において「一票の重さ」を等しくするとの発想から決まってきており、米国民の代表というイメージだ。このため、人口の最も多いカリフォルニア州からは53人選出されている一方、アラスカ、デラウエア、モンタナ、ノースダコタ、サウスダコタ、バーモント、ワイオミングの7州からは各1人の選出となっている。

 下院は、こうした国民代表という立ち位置と、税制や税率など国民生活に直結する歳入関連法案について上院に対する先議権(法案を先に審議できる)を持っているため、一般的に下院議員は上院議員以上に「自分が法案を作る」との意識が強いと感じる。

 下院議員の仕事を遂行できるようにするため、米国ではThe Members’ Representational Allowance(MRA、下院議員として働くための経費)、すなわち日本の「国会議員の活動経費」にあたるものが与えられている。ただし、MRAの資金は個人的な経費(例、有権者の冠婚葬祭関連への費用等)や選挙活動資金(例、選挙期間以外も集会で次期選挙に向けた公約を発表するような場合はこれに当たる)に充てることはできない。

 MRA(2017年実績)は、①人件費が94万4671ドル(1億769万円)。また、②選挙区にあるオフィスの経費とワシントンにある連邦議員会館の賃貸料や両場所を移動する費用(地区により地価等が異なるため様々)と、③郵便費の合計。地元とワシントンの移動費や郵便費、地元オフィスの費用は地域によって異なるため、合計額の最高は143万3709ドル(1億6344万円)となっている。

 下院議員は、MRAのうち①の人件費を、自分の任期中に渡って雇える労働者として18名、パート・他の議員とシャアする労働者・報酬型インターン・企業等を休職した労働者・繁忙時対策としての一時的労働者の四種類については4名と、合計22名まで雇うことに使える。この22名については、日本のように正規雇用か非正規雇用かという区別はしない。

 MRAについては、その支払い実績を、四半期ごとに下院議員全員分を纏めて公表している。例えば、直近(2021年7~9月)のものは全部で2819ページある。支払い証明のためには領収書が必要で、必要があれば国民はそれをチェックできる。

米上院議員の活動経費

 上院議員は各州2名。人口によって代表議員数が変わる下院では、人口の少ない州の意見が採用されない可能性があるので、上院では州代表としてどの州であっても2名と投票力(1州に2票)を等しくしている。

 上院議員には、The Senators’ Official Personnel and Office Expense Account(SOPOEA、上院の人件費とオフィス経費勘定)が定められているが、これが下院議員のMRAと同じく、日本の国会議員の活動経費に相当する。

 SOPOEA(2018年実績)は、①人件費を含む管理費および事務費(人口比で最高が411万2084ドル<4億6877万円>)②委員会や公聴会等への出席を含む立法行為のための経費(48万2958ドル<5505万円>)③地元とワシントンを往復する費用や郵便費(州の場所や人口に応じたもので最高が45万7275ドル<5212万円>)の三つから成る。

 そのため、SOPOEAの最高額は505万2317ドル(5億7596万円)となっている。但し、SOPOEAは下院議員のMRAと違って全額で承認されるものなので、上院議員の自由度は高く、例えば下院では合計22人に定められている労働者の制限などは、ない。

 SOPOEAの金額は下院議員のMRAの3~5倍あるが、これは州の全ての意見を2人の上院議員がそれぞれに“吸い上げる”ことをするほか、下院議員が提出した法案の全てをチェックしたり、やらなければならない作業が多いからであると理解されている。

 ただし、下院議員のMRA同様、私用や選挙資金に使えないことに加えて、SOPOEAの資金を政治活動資金(例えば、自分の政治信条を訴える後援会や政治家としての見聞を広めるための旅費など)にも使えない。

 また、上院議員は、SOPOEAとは別に、人口に応じて広さが決められている地元の州のオフィス(最大8200スクエアフィート=230坪)の経費や、地元州とワシントンのオフィスに置く家具・ソファー・調度品やカーペットを揃えるための経費も支払われている。筆者は、今から20年前、上院議員のオフィスが下院議員のオフィスに比べて立派(または豪華)という印象を受けたのを記憶しているが、それは英国の貴族院に負けないようにという発想があったと、当時の上院議員から聞いたことがある。

 SOPOEAについては、支払い実績を半年ごとに上院議員全員分を纏めて公表している。例えば、直近(2020年10月~2021年3月)のものは全部で1720ページある。下院議員は支払いの証明には領収書が必要で、国民は必要があればそれをチェックすることが可能である。

一から法律をつくる米国の議員

 米国の議員は一から法律を作る。予算については、大統領が提出する予算案(行政府の一員である官僚が作成)を半年程度かけて細部にわたるまでチェックし、必要に応じて修正する。こうした膨大な質と量の仕事を、自分の手で実行するから、それに見合った額になると考えられる。

・・・ログインして読む
(残り:約4098文字/本文:約8012文字)