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緊迫するウクライナ情勢:対ロ制裁の行方とリスク

塩原俊彦 高知大学准教授

 緊迫するウクライナ情勢のなかで、ロシアに対する経済制裁の議論がかまびすしい。米国で進められている制裁について紹介しながら、その具体的内容とリスクについて考えてみたい。

米国による制裁の動き

 米国では、上院および下院の合同会議において2022年1月12日に提出された「2022年ウクライナ主権保護法案」が審議されている。

 法案は、①ウクライナに対する安全保障支援の拡充とウクライナの防衛力強化、②クレムリンのウクライナおよび東欧の同盟国に対する侵略に対抗する、③ウクライナに関するロシア連邦の更なる軍事的エスカレーションと侵略に対する抑止策――という三つに分かれて構成されている。

 ①では、ウクライナへの緊急防衛物資の優先納入、ウクライナ支援のための国防総省のリース権限と特別防衛装備金の使用、ウクライナの防衛能力を強化し、安全保障支援の提供を強化するための戦略、外国軍事資金供与などが規定されている。

 とくに、ロシア政府が、その代理人を通じ、2021年12月1日以前のウクライナにおける、またはウクライナに対する敵対行為または敵対行動の水準と比較して、著しくエスカレートした敵対行為または敵対行動に関与し、または故意にこれを支持していることを大前提として、そのエスカレーションが、ウクライナ政府を弱体化させ、転覆させ、または解体し、ウクライナの領域を占領し、もしくはウクライナの主権または領土の一体性に干渉する目的または効果を有するか否かを大統領が判断し、認められた場合、2022会計年度の国務省向けに、ウクライナの防衛ニーズを満たすための同国対外軍事金融支援向けに5億ドルを計上することが許可されるとされている。

 加えて、殺傷性の高い対戦車兵器システム、対艦兵器システム、対空兵器システムなどの供与権限が国務長官に与えられる。

 ②においては、ロシアによるディスインフォメーション(意図的で不正確な情報)を利用した活動への対策と戦闘のためのプログラムが許可される。ラジオ・フリー・ヨーロッパへの支援やサイバー防衛能力の強化も規定されている。さらに、ウラジーミル・プーチン大統領とその側近の資産公開も定められている。

 法案成立から180日以内に、財務長官は国家情報長官および国務長官と連携して、プーチンおよびその側近の個人純資産と資産に関する詳細な報告書の提出が義務づけられている。

 その主な内容は、以下の通りである。

 Ⓐ:プーチンとの親密さによって判断される、ロシアにおける重要な外国の上級政治家およびオリガルヒ(寡頭新興財閥)の識別
 Ⓑ:Ⓐで特定された個人、プーチンおよびその家族(配偶者、子供、両親、兄弟を含む)の推定純資産と既知の収入源(ロシア内外で保有する資産、投資、銀行口座、事業利益、および関連する実質所有権情報など)
 Ⓒ:2017年から2021年までのプーチンおよびその家族の年間総収入および個人支出の推定値

さまざまな制裁対象

 ③については、前述した大統領の判断で、肯定的な決定がなされた場合、その決定から60日以内に、財産の封鎖、査証・入国または仮出国のための入国を認めないといった制裁措置がとられる。対象となるのは、大統領、首相、外相、国防相、参謀総長などである。

 同じく肯定的な決定がなされた場合、大統領はその決定から30日以内に、以下の金融機関(12行)のうち3行以上に対して財産の封鎖措置を発動する。12行のなかには、ロシア最大の銀行、ズベルバンクも含まれている。また、大統領は、本法案の制定日以降に発行されたロシア政府の国家債務(国債を含む)に関わる米国人によるすべての取引が禁止される。

 資金決済、証券、財務、貿易に関する金融メッセージの受送信サービスである金融メッセージ・サービスについては、まず、ロシア金融機関への専門金融メッセージング・サービスの提供者リストが作成される。前記の制裁対象金融機関に対して、故意に金融専門メッセージング・サービスを提供したり、故意にメッセージング・サービスへの直接または間接のアクセスを可能にしたり容易にしたりしている場合、大統領は当該プロバイダーに制裁を発動できるとした。なお、同サービスの世界最大の提供者はいわゆる国際銀行間通信協会(SWIFT)である。

制裁「ノルドストリーム2」への経済制裁のイメージ=shutterstock.com

 バルト海海底に敷設済みの「ノルドストリーム2」と呼ばれるガスパイプラインは、「ロシア連邦の悪意ある影響の道具であり、もし稼働すれば、ロシア連邦がウクライナにさらに圧力をかけ、不安定化させることを助長する」と規定され、前述の決定が出された場合、大統領はその決定から30日以内に、ノルドストリーム2の計画・建設・運営のために設立または責任を負う団体またはその継承団体の財産封鎖を行い、その事業体の法人役員にも制裁措置をとる(ノルドストリーム2については、拙稿「ノルドストリーム2の完成を地政学から読み解く」を参照)。

 ほかにも、肯定的な決定が出された場合、60日以内に、大統領は(1)石油およびガスの抽出と生産(2)石炭の抽出・採掘・生産(3)鉱物の抽出と加工(4)その他の部門または産業において、米国の国家安全保障のために制裁されるべきだと大統領が判断する外国人を特定し、制裁しなければならない、と定められている。

制裁の効果と副作用

 つぎに、実際に制裁が適用された場合の効果と副作用について考えてみたい。最初に、金融機関への制裁をとりあげる。

ズベルバンクモスクワのズベルバンクのビル=shutterstock.com
 制裁対象の候補にあげられている12行のなかには、ロシアの銀行部門の資産の約3分の1を保有するズベルバンクと、15%以上もつVTBが含まれている。この2行が制裁対象に含まれると、その影響はきわめて大きくなる。

 さらに、これを契機に、米政府機関Office of Foreign Assets Control(OFAC)が発行する、ドル取引禁止リスト(SDNリスト)に収載されれば、ドル資産の回収・運用・送金などで打撃を受けるだろう。

 なお、2018年4月、財務省はプーチンに近い実業家オレグ・デリパスカなど7人およびデリパスカのアルミニウム大手「ルサール」と、それを保有する持ち株会社「EN+」、さらにその傘下の「ユーロシブエネルゴ」を含む15法人をSDNリストに収載したことがある。その結果、アルミ生産の逼迫(ひっぱく)を懸念した市場では、アルミ価格が高騰した。このため、財務省は、デリパスカがEN+の出資比率を50%未満に減らせば、制裁を解除することにし、2019年1月に前記3社への制裁が解除されたという経緯がある。

 国内総生産(GDP)に占める一般政府の対外債務総額の割合をみると、2020年のロシアは19.28%と、日本の254.13%、米国の133.92%、英国の104.47%などに比べると低水準にとどまっているから、大打撃につながることはない(IMFを参照)。ルーブル建てロシア国債の国内非居住者の保有比率は2021年11月末で2割にとどまっており、影響は限定的だろう。米国政府はすでに2021年6月14日以降に発行されるロシア国債について、米国の金融機関が一次引き受けで購入することを禁止している。

 今回、国債取引が禁止されれば、流通市場におけるロシア国債に悪影響が出る。それでも、2022年1月末現在、ロシアの国際準備高は6302億ドルにのぼっており、ルーブルが売られても十分に対応可能な状況にある。

SWIFT遮断のリスクは?

 ウクライナ主権保護法案では、金融メッセージング・サービスへの制裁は前述したように、SWIFTを名指ししておらず、制裁に慎重な姿勢しか示されていない。ただし、この法案が成立していなくても、ジョー・バイデン政権は議会の承認なしにそうした制裁を行うことも可能であるという(資料参照)。

 そもそも、SWIFTとは、200カ国、1万1000もの銀行が利用する国境を越えた決済ネットワークである。ゆえに、このサービスが受けられなくなる影響は甚大だ(ただし、SWIFTの送金手数料は相対的に高額であり、それがいわゆる暗号通貨の利用拡大につながっている。送金費が安価ですむからだ)。

 SWIFTが遮断されたケースは過去にもある。2012年にイランが遮断対象となり、石油収入の半分が減少したとも言われている。このときは、核エネルギー開発問題を受けて施行された欧州連合(EU)の制裁に準拠するため、SWIFTがイランの中央銀行を含む30もの金融機関をSWIFTから追放した。2015年の核合意後にサービスは再開されたが、2018年にトランプ政権が協定を離脱して制裁を再開した後に再び切断された。

 もし米国政府の圧力で、ロシアの金融機関がSWIFTから遮断されたらどうなるだろうか。

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