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米軍機の低空飛行訓練を問う〈中〉パソコンひとつであぶり出す 隠されてきた実態

航跡データを捉えツイッターで連携/生活破壊する「違法飛行」の動かぬ証拠

谷田邦一 ジャーナリスト、シンクタンク研究員

国道58号を横切り米空軍嘉手納基地に向かうF15戦闘機国道58号を横切り米空軍嘉手納基地に向かうF15戦闘機
 米軍機による低空飛行の実態が、いかに住民の日常活を脅かしているかを知ってもらうことは難しい。そのためには国内法を無視した乱暴な飛行の「動かぬ証拠」を押さえる必要がある。第2回目は、インターネットにつながるパソコンやスマホがあればだれでも取り組める新しい手法について報告する。

(連載第1回「“違法な爆音”追い込む『草の根レーダー』」はこちら、第3回「日米の『密約』が存在、違法飛行野放しの政府」はこちら

脳に突き刺さる轟音、住民耐えかね「爆音過疎地」に

 人は航空機の爆音にどこまで耐えられるのか。かつて実際に体感してみようと、沖縄県にある嘉手納基地の滑走路そばの住宅地を訪ねたことがある。極東最大規模の米空軍の同基地には軍用機約100機が常駐し、外来機も頻繁に飛来する。「静かな夜を返せ」と、周辺5市町村の数万人の住民が原告となり、国を相手に飛行差し止めなどを求め続けてきた。

市街地に囲まれた沖縄の米軍基地。手前は普天間飛行場、左上は嘉手納基地=2020年10月25日
 その中の北谷町(ちゃたんちょう)砂辺地区は、滑走路の先端からわずか約800メートルのところにある。基地がなければ波音が楽しめるリゾート海岸になっていただろうに、爆音に耐えかねた住民の転出があとを絶たたず、空き地だらけの「爆音過疎地」に変貌した。

 ここではエンジン全開の戦闘機や輸送機、偵察機が、数分おきに海に向けて飛び立つ。そのつど低音の振動が腹に響き、甲高い金属音が耳や脳に突き刺さる。同地区では、今も100デシベル前後の轟音が1日に80回近く計測される。100デシベルとは、電車が通る時のガード下に相当し、聴覚機能に異常をきたすレベルだ。時には、直近の2メートルの距離で車のクラクションを聞くのに匹敵する110デシベル超に達することもある。まともな日常生活を送るのはまず不可能だ。

米空軍嘉手納基地の滑走路に整列した軍用機=2017年、米空軍参謀総長のツイッターから

基地騒音は住民訴訟続々、低空飛行では1件もなし

首都圏の8千人以上が軍用機の飛行停止などを国に求めている第5次厚木基地爆音訴訟の原告団。追加提訴のため横浜地裁へ向かう=2017年12月1日
 法務省によると、現在、国内7つの航空基地で騒音をめぐる裁判の取り組みが住民らの手で行われている。米軍機だけでなく自衛隊機の騒音も対象で、周辺住民が賠償や飛行差し止めを求めている。

 しかし各地で長年続いている米軍機の低空飛行訓練をめぐる訴訟は、これまで1件も提起されたことがない。場所が人の少ない山間部や過疎地であるだけでなく、住民が感じる苦痛をはかる尺度や物差しも、航空基地周辺とは質的・量的に違っているからだろう。

証拠をとらえる困難さ

 何よりも動かぬ証拠を押さえることが難しい。

 連載第1回でみたように、便利なツールを使って住民たちがネットワークを作って連携したりするとうまくいくことがある。幸運にも低空飛行の現場に遭遇すれば、生々しい映像や音声によって被害のひどさをわかりやすく伝えることができる。

 ただし、その労力やコストは想像以上に大きい。もっと効率よく確実に逸脱した飛行をとらえる方法はないものか。

位置情報示す航跡サイトの活用が始まった

 ここ最近、利用されるようになったのが、各種の航空機の位置情報をウェブ画面に表示できる「航跡サイト」(「追跡サイト」とも呼ばれる)の活用だ。

 このサイトは、航空機が飛行中に絶えず出している信号(ADS-B=Automatic Dependent Surveillance-Broadcast)を地上のアンテナで拾い、機体の機種や位置、高度、速度などの飛行データをウェブ上に表示する仕組み。航空マニアなどの愛好家が利用してきたが、これを使えば信号を発信する航空機の動きはリアルタイムで把握できるようになる。

 まだ少ないものの、その利点を軍用機の飛行監視に用いる人たちが各地にあらわれつつある。

米空母艦載機部隊は日本側に通告なく陸上での連続模擬着艦訓練(FCLP)を始めた。周辺は住宅密集地で、訓練の4日間に700回以上の騒音が測定された=2017年9月、厚木基地

京都上空を飛び交う軍用機、航跡とらえツイッターで発信

 そのひとりが京都平和委員会理事長の片岡明さん(58)だ。京都府を拠点に、米軍や自衛隊の監視活動を長年続けている。

 監視ツールとして、片岡さんが本格的にサイトを使い始めたのは2020年秋のこと。「京都上空をひんぱんに通過する米軍機や自衛隊機の航跡を何とかとらえられないか」との思いからだった。見よう見まねで試行錯誤を重ね、今ではとらえたデータに短い解説をつけてツイッター(#ハトの目)で発信するようになった。

 片岡さんが利用しているサイトは「Radar Box」「Flightradar24」「ADS-B Exchange」など。【1】の画像は、2020年12月29日に岩国基地から飛び立ったKC130空中給油機を追ったもの。広島・島根県にまたがる米軍の訓練空域「エリア567」で飛行訓練を重ねた後、九州東部に移って飛行。さらに四国の山間部を東から西に横断して瀬戸内海を渡り、岡山県上空を旋回し岩国に戻ってきた。画像左下の「SPATIAL」には、機体の現在位置の高度や速度が表示されている。

【1】監視ツールを使えば、米軍岩国基地のKC130空中給油機が中国、九州、四国をぐるりと訓練飛行した航跡がつかめる(2020年12月29日)=京都平和委員会提供

驚く情報―日中韓周辺の米軍機活動・ステルス戦闘機の経路も

 片岡さんは毎日のようにパソコンに向かって監視活動を続けているが、「このツールを使えば低空飛行に限らず、驚くような米軍機の動きを知ることできる」と、いくつかの画像を提供してくれた。

 【2】の昨年9月4日の画像は、日本や韓国、中国周辺の軍用機の動きを重ね合わせたもの。在日米軍の所属機が日本周辺でどのような活動をしているかがよくわかる。沖縄の嘉手納基地から飛んだ米空軍のRC135電子偵察機が、中韓間の黄海上空で情報収集をしているとみられる動きもキャッチできた。

【2】在日米軍基地の米軍機は国内各地を飛んでいるだけでなく、韓国や中国周辺にも出向いてひんぱんに活動している様子がわかる(2021年9月4日)=京都平和委員会提供
 また6月25日の画像【3】では、レーダーに映らないはずの米空軍のF35ステルス戦闘機が、岩国基地を飛び立ち日本海上空を移動する航跡がくっきりととらえられている。自ら電波を出して、その存在をアピールしているとみられる希少な画像である。

【3】レーダーに映らないはずの岩国基地のF35ステルス戦闘機が、島根県の上空を抜け日本海に飛んでいく様子がとらえられた(2021年6月25日)=京都平和委員会提供

空母の極秘の洋上展開も

 さらに9月11日の画像【4】と【5】では、アフガニスタンからの米軍撤収作戦に従事していたとみられる米空母ロナルド・レーガンの位置を特定することができる。

【4】横須賀基地を母港とする米空母ロナルド・レーガンの艦載機が、アラビア海からアフリカ北部方面に向かって飛ぶ様子が確認できた(2021年9月11日)=京都平和委員会提供
【5】

 同空母は日本の横須賀基地(神奈川県)を母港にし、艦載機部隊は岩国基地を陸上拠点にしている。洋上から西に向かって移動する航跡は、サイトに表示された機体のコールサインから、同空母の艦載機であるC2輸送機と判明。洋上で作戦中の米空母の位置は極秘中の極秘だが、アラビア海の航跡が始まる起点部分に空母がいることが推定できる。

横須賀基地を出港する米海軍の原子力空母ロナルド・レーガン=2016年6月4日

限界抱えながら運用模索、各地で広がる活用

 ただ一見して強力な助っ人に見えるこのツールも、実は限界や弱点を抱えている。機体から信号を出すか出さないかは航空機によってまちまちだからだ。片岡さんによると「一般的に戦闘機やオスプレイなどの戦術機は、ほとんどスイッチを切っていて信号を出さないものが多い。追跡できるのは輸送機や空中給油機などが中心」という。戦闘機の行動は、たとえ訓練といえども秘匿されるのが原則だからだろう。

横浜の市街地上空を飛ぶ米軍の輸送機オスプレイ。後方はみなとみらい地区=2018年4月5日
 とはいえ、低空飛行する米軍機には輸送機なども多く、動かぬ証拠をおさえるツールとして一定の役割を果たしているのは間違いない。まれに信号を出して飛ぶ戦闘機をとらえることもあるし、信号を出して飛ぶ空中給油機の周辺に多数の戦闘機が集まって飛んでいる可能性もあるという。

 こうした監視ツールを用いた情報発信は、他の地域でも広がりを見せつつある。ここ数年、米軍機の飛来が急増している愛媛県の市民グループ(#EHアラート)や、年じゅう乱暴な飛行に悩まされている沖縄県の市民グループ(#OHアラート)が同じツールを使って情報発信をしている。

飛行急増する愛媛――「法の適用受けず飛ぶ実態は許せぬ」

 愛媛県では一昨年ごろから、大洲市や久万高原町などに米軍の輸送機がひんぱんに飛来するようになった。山口県の岩国基地は瀬戸内海をはさんで対岸にあたるため、これまでも軍用機が飛ぶことはあった。しかし同県全体の2020年度の目撃情報は342件と過去最多を記録した。

紀伊半島から四国山中を横断するオレンジルート=低空飛行解析センター提供
 海岸に近い大洲市に住む川上哲夫さん(72)は、目撃情報を集めてはツイッターを通して文字情報を発信してきたが、最近は仲間と一緒に航跡サイトを活用し、より具体的な画像情報を流すようになった。「外国の軍用機が日本の法の適用を受けずに自由に飛ぶ実態は許せない」と川上さんは話す。

最低安全高度をはるかに下回る50メートルも

 米軍の輸送機は、自宅近くを流れる肱川(ひじがわ)の流域を行き来して、河口付近では最も低い時には、国内法で定められた最低安全高度(密集地では300メートル、過疎地や海上は150メートル)をはるかに下回る50~80メートルで飛ぶこともあるという。

米軍機の低空飛行について証言する川上哲夫さん(右端)と住民のみなさん=2021年2月、愛媛県大洲市、筆者撮影
 昨年は、愛媛大で平和学を教える大学教授の依頼に応じ、日米安保がもたらす憲法上の矛盾を卒業論文にまとめていたゼミ生の女子学生に自らの体験を証言することもあった。
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