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「有罪」市長を圧勝させた美濃加茂市民(下)~刑事司法が「地方自治の本旨」を押し潰す

無罪判決、「間接証拠」で控訴、逆転有罪後も民意は市長を支持

郷原信郎 郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

「有罪」前市長が圧勝した美濃加茂市長選(上)~あぶりだされた「人質司法」と「犯人視報道」および「有罪」市長を圧勝させた美濃加茂市民(中)~「現金を渡した」「授受は見ていない」相反する供述より続く。

一審無罪判決があぶり出した捜査・立証の杜撰さ

 名古屋地裁での審理は、同年末の論告・弁論で結審し、翌2015年3月、一審無罪判決が言い渡された。

 Nの供述の変遷の不合理性、捜査機関の関心を他の重大な事件に向けることによって自己の融資詐欺の捜査の進展を止めたいという虚偽供述の動機を指摘したほか、前記第1のS検事との「打ち合わせ」については、「証人尋問に臨むにあたり、検察官との間において相当入念な打ち合わせをしてきた」「公判廷において、客観的資料と矛盾がなく、具体的かつ詳細で不自然かつ不合理な点がない供述となることは自然の成り行きといえる」として、N供述の信用性を疑問視する事情として指摘した。

 前記第2のNの知人の2人の供述については、「N供述の信用性の補助事実に過ぎない上、内容も曖昧」などと殆ど問題にせず、簡単な判示で切り捨てた。

 検察官が、起訴後、「1対2」の不利な構図を意識して行った第1と第2の対応は、一審判決では、いずれも否定的に評価された。

 一審裁判所の事実解明への積極的な姿勢で、検察の捜査・立証の杜撰さが、次々と明らかになっていった裁判の経過から、当然予想された無罪判決だった。しかし、特捜部や捜査2課の事件のように、検察が組織として取組み、面子にかけて有罪判決を得ようとしている事件では、「当然の無罪判決」すら、滅多に出ることはない。裁判所にとって決して容易なことではなかったはずだ。

 一審裁判所の適切な判断によって、ようやく、美濃加茂市民は、「市長逮捕」によって奪われた地方自治を取り戻すことができたかと思った。しかし、無罪判決が、市長と市民にもたらした「春」は束の間だった。

藤井浩人美濃加茂市長への無罪判決が名古屋地裁の外に伝えられた= 2015年3月5日 、名古屋市中区三の丸1丁目 藤井浩人美濃加茂市長への無罪判決が名古屋地裁の外に伝えられた= 2015年3月5日 、名古屋市中区三の丸1丁目

憲法39条に違反しかねない控訴

 控訴期限前日の3月18日、検察は、名古屋地裁の無罪判決に対して控訴を申立てた。

 Nの贈賄供述以外には証拠らしい証拠はなく、その信用性に重大な疑問があるこの事件での検察官控訴は、全くの「暴挙」だった。

 一審の名古屋地裁の3人の裁判官が、贈賄供述者Nの3日間にわたる証人尋問のほか、多数の証人の尋問を行い、被告人質問で、被告人の弁解・主張を聞き、これらの証言・供述を直接、自分の目と耳で確かめた結果、N証言は信用できないと判断したからこそ、無罪判決が出されたものだ。控訴審で、裁判記録だけで、その判断を覆す余地があるとは思えない。

 そもそも、先進国で、無罪判決に対する検察官控訴を認める国はほとんどない。アメリカでも、無罪判決に対する上訴は認められていない。

 日本国憲法39条の「既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問われない。」との規定は、「国家がある犯罪について刑罰権の有無を確かめるために、被告人を一度訴追したならば、もはや同一人を同一事実について再度刑事的に追及することは許されない」という英米法の「二重の危険の原理」を規定したものとする説が有力であり、かねてから、「無罪判決に対する検察官控訴は憲法39条に違反する」という主張がなされてきた。

 日本では、判例で、無罪判決に対する検察官上訴が許容されてきたが、検察官控訴が容認されるとしても、一審判決が法令の解釈適用を誤った場合や、不当に証拠を採用しなかった場合、事実認定に客観的に明白な誤りがある場合などに限定すべきだ。

 美濃加茂市長事件の一審判決については、法令の解釈・適用に関する問題など何もない。しかも、弁護人が強く反対した「N証言の信用性の補強」のためのA氏、B氏の証人尋問についても検察官の請求が認められるなど、検察官の請求証拠はすべて採用されており、証拠の採否に関する問題も全くなかった。

 結局のところ、検察官の控訴は、検察にとって承服し難い無罪判決を出した一審裁判所とは、別の裁判体に「有罪無罪の判断のやり直し」をしてもらおうとして行ったとしか考えられなかった。そのような控訴は、「二重の危険の原理」の下では絶対に許容されない検察官上訴の典型であり、憲法39条の趣旨にも反する、違法・不当な控訴だった。

検察官に不当に有利な「刑事控訴審」

 刑事裁判では、控訴審は、一審の審理や判決を、事後的に審査して、誤りや問題があればそれを是正する「事後審査審」とされている。証拠の請求や取調べも、原則として一審で行うことになっており、やむを得ない事由によって一審で請求することができなかった証拠のみ控訴審で請求することができる。

 名古屋地裁での一審で、検察官が請求した証拠はすべて取調べが行われ、審理が尽くされていた。無罪判決に対して検察官控訴を行っても、新たな主張も、証拠も、採用すべきものがあるとは思えなかった。

 実際に、検察官の控訴趣意書での主張も、控訴審での証拠請求も、デタラメであった。

 控訴趣意書では、一審判決が「本件各現金授受の事実を基礎づける証拠としては、贈賄者であるNの公判供述があるのみである」と判示したことを誤りだとし、「N証言を離れて、間接証拠からどこまでの間接事実が認定でき,そこからどのような事実が推認されるのかを確定する作業や、これを踏まえてN証言全体の信用性の検討を行うという作業を怠っている」と主張した。

 その「間接証拠」「間接事実」というのは、Nの依頼に応じて市議会議員時代から浄水プラントの導入に尽力したこと、市長就任後、Nの側で全額費用を負担して、美濃加茂市で浄水プラントの実証実験を行われたことなどだった。それを、「Nと藤井氏との癒着」だとし、それが、賄賂授受の「間接事実」だというのである。

 しかし、

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