メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ケリー「有罪」判決は法と論理ではなく「主観」「政策判断」によって導かれた(下)

ゴーン氏の逃亡を正当化しかねない日本の刑事裁判の「異常」

郷原信郎 郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

ケリー「有罪」判決は法と論理ではなく「主観」「政策判断」によって導かれた(上) ゴーン氏「人質司法」批判は言いがかりか?より続きます。

東京地裁に入る日産自動車の元代表取締役グレッグ・ケリー被告(左)= 2022年3月3日 東京地裁に入る日産自動車の元代表取締役グレッグ・ケリー被告(左)= 2022年3月3日

取締役の報酬総額の上限との関係

 まず、(A)の「総報酬」と、株主総会で決められた取締役の報酬総額の上限との関係である。「総報酬」が全額ゴーン氏に支払われた場合、既に他の取締役に支払われた金額と合計すると、2016年度と2017年度においては、株主総会で決められた取締役の報酬総額の上限の29億9000万円を超過することになる。このような、株主総会で承認された範囲を超える取締役の報酬の決定は、会社法に違反し、違法・無効となるが、それでも、有価証券報告書に記載して開示する義務があるのか、という問題である。

 この点について、会社法の権威の田中亘東京大学教授が弁護側証人として出廷し、

「有価証券報告書で開示すべき役員の報酬額等とは会社法上適法有効なものであることが前提となるところ、株主総会で定めた上限額を超える報酬額等の決定は、少なくとも超過分については会社法上違法無効であり、当事業年度に係る取締役等の報酬額等とはえいないので、有価証券報告書において報酬等として開示すべき義務はない」

 と証言している。

 判決は、「株主総会で定めた上限額を超えてなされた報酬等の決定は、同項の規定に反することとなり、会社法上は無効といわざるを得ない」と認めた上で、

 (ア) 違法無効な取締役の報酬等の決定がなされても、事後的に株主総会の決議によって当初より適法有効なものであったのと同様に取り扱うことはあり得るので、株主総会で定めた上限額を超える取締役の報酬等の決定がなされたとしても、事後的に当初より有効なものであったのと同様に取り扱われる余地はある。

 (イ)会社法が会社全般を対象とし、現在の株主や会社債権者の権利保護を重視しでいるのに対し、金商法は、有価証券を発行している上場会社を念頭に、現在のみならず将来の株主を含む投資者全般の保護もその立法趣旨・目的としており、有価証券報告書による開示規制の問題は、まずは金商法及び開示府令の立法趣旨・目的に沿って考えられるべきである。

 (ウ)開示府令において役員の報酬等の額が有価証券報告書における開示の対象とされているのは、投資者が投資判断を行うに当たっては、会社の財務情報のみならず、その背景にある会社のガバナンスの状況についての情報も重要な要素となるからであり、役員報酬個別開示制度が導入されたことによって、会社の業績と 個別の取締役の報酬額とのバランスや取締役間の報酬額の偏りの有無等の、会社のガバナンスの状況に関わる情報として、取締役の報酬等の決定過程とその結果(報酬等の額等)をそのまま開示することが、金商法及び開示府令の立法趣旨·目的に適う。

 (エ)自ら違法なことをしておきながら、会社法上適法有効なものでなければ開示する必要がないとして、違法無効と思われる取締役の報酬等について開示する義務を免れられることになれば、その違法を糊塗することを許すこととなり、投資者の保護を図る金商法等の立法趣旨・目的を没却する。

 などと述べて、「株主総会で定めた上限額を超えてなされた報酬等の決定」についても開示義務があるとしている。

 しかし、(ア)の「事後的に株主総会の決議によって当初より適法有効なものであったのと同様に取り扱うことはあり得る」としても、事後的に総会決議があるまでは違法・無効で、報酬を受領する権利はないのであるから、総会決議があった時点から開示義務が生じると解するべきである。

 (イ)(ウ)の法律の趣旨についての理解は、その通りだとしても、現実に受領しておらず、実際に受領しようとしても、会社法上違法・無効で支払を受けることができない「違法・無効な決定」を有価証券報告書に記載して開示することに、一体どのような意味があるのであろうか。そのような「違法・無効な決定」を、現実に受領した報酬と同様に扱って開示すると、投資家は株主総会での承認額と役員報酬の開示額のいずれを信じたらよいのかわからず、混乱をきたすことになる。

 また、(エ)は、違法に得た報酬についても所得税の申告義務は免れないのと同様に考えているのかもしれないが、合法・違法を問わず現実に得た所得に課税されるということと、会社について正確な情報を投資家に提供する金商法上の開示義務とは全く異なる。

 しかも、実際に、「株主総会で定めた上限額を超えてなされた報酬」を開示するなどということは、株主総会や開示に関する会社の実務としてあり得ない。(A)の「総報酬」全額について開示義務があると解したとしても(B)の「総報酬」全額が、当該取締役の報酬として開示されることは現実にはあり得ない。それは、(A)の「総報酬」を、そのまま当該年度に開示すべきとすることの不合理性を、端的に表しているのである。

 会社法の権威である田中教授の「当然の見解」をも無視してまで、ゴーン氏の「未払いの報酬」について開示義務を認める判決の姿勢は、異常としか言いようがない。

>>この記事の関連記事はこちら

「他の代表取締役との協議」との関係

 次に問題なのは、(A)の「総報酬」について、所定の手続きとして定められていた「他の代表取締役との協議」を行っていなかった点である。協議を経ないで行った報酬の決定は有効なものとは言えないのではないか。

 この点について、判決は、

 本件当時のゴーン以外の代表取締役であった小枝、志賀及び西川は、ゴーンの報酬に関する協議を行わないことについて特段の異議を差し挟まず、ゴーン単独で決定することを容認していた。このように、ゴーンの報酬の決定については、他の代表取締役の容認のもと、同人らとの間で具体的な」協議を行わなくても、「他の代表取締役との協議」を行ったこととする慣行が被告会社において確立していたといえる。

 と述べている。

 しかし、他の代表取締役との協議を行わないで報酬を決定することを、他の代表取締役が黙認し、それが「慣行」となっていたとしても、各年度に開示されていた(B)の「実際に支払われた金額」について了承していたに過ぎず、その金額を超える、未開示の(C)の「未払いの報酬」についてまで、協議を行うことなく「ゴーン氏の報酬額」として黙認することが常態化していたわけではない。ましてや、上記のとおり、株主総会で承認された範囲を超える取締役の報酬の決定についてまで、他の代表取締役が「黙認」するはずもなく、協議を経ていない報酬の決定が有効と言えないことは明らかである。

「未払いの報酬」についてのゴーン氏の受領意志と開示義務

 そもそも、ゴーン氏は、(A)の「総報酬」が、本来受領すべき報酬であり、(C)の「未払いの報酬」についても、何らかの形式で受領すべきものと考え、その金額を大沼氏らに正確に管理させていたことは否定していない。ただし、それは、「合法的に」受領できることが絶対条件であった。

インタビューに答える日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告=2020年1月10日、レバノン・ベイルートインタビューに答える日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告=2020年1月10日、レバノン・ベイルート

 したがって、

・・・ログインして読む
(残り:約4388文字/本文:約7353文字)