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「初心者」を大統領に押し上げた、韓国政治のメカニズム

昨日の敵を担いだ保守系最大野党、止まらない北朝鮮の挑発

箱田哲也 朝日新聞論説委員

 得票率差0.73ポイントという大激戦だった韓国大統領選挙。保守系の最大野党「国民の力」は、かつての「敵」を担いで政権交代を実現させた。保守のシンボル的存在で、長く獄中にあった朴槿恵(パク・クネ)・前大統領は3月24日、晴れて自宅に戻った。同じ日、北朝鮮は日本の排他的経済水域に弾道ミサイルを撃ち込んだ。激しく動く朝鮮半島のいまを読み解く。

「巨悪を眠らせない男」を押し上げた文政権

 当たり前の話だが、人生何があるかわからない。

 わずか1年前に検事総長を辞したばかりの男が、韓国の次期大統領に就くことになった。ここに至るまでもちろん多くの偶然と必然があったものの、右派の野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソクヨル)氏を当選に導いたのは、皮肉にも現職の文在寅(ムン・ジェイン)大統領と彼を支えた与党の面々である。対話基調の北朝鮮政策を続けるためにも左派政権の継続を渇望した文政権だが、疑心暗鬼のあまり、元検察官を政治の最高指導者にまで押し上げることになった。

当選が決まり、岸田文雄首相と電話する韓国の尹錫悦次期大統領=2022年3月11日、保守系最大野党「国民の力」提供

 「(政治)初心者の私をここまで引っ張ってきてくださった皆さんに深く感謝いたします」

 投票日から日付がかわった3月10日未明、激戦を制した尹氏は陣営幹部らが待つ国会に姿を現し、勝利宣言した。選挙戦を通じ、尹氏自らが何度も口にしたように、政治経験ゼロの「初心者」が第20代韓国大統領になる。

 2019年暮れ、現役の検事総長ながら、すでに大統領選への出馬の可能性がささやかれていたころのことだ。韓国の法曹関係者らに尹氏のことを尋ねて回ると、「巨悪を眠らせないことしか頭にない男」「政治的野心などなく、関心があるのは大物の摘発だけ」といった答えが多く、政界進出説には否定的な見方が目立った。

 だがその後、文政権は不本意ながらも、尹氏を着実に大統領候補に育てていく。

2人の法相との闘い、懲戒処分され支持アップ

 尹氏は19年7月の検事総長の任命式で、文大統領から直接、「生きた権力」に対しても不正があれば厳しく捜査してほしいと要請された。そこでまず着手したのは、ポスト文氏の有力候補の1人と目されていた現職の法相、曺国(チョ・グク)氏をめぐる疑惑だった。

就任1カ月で法相を辞任した曺国氏(左)とその後任に就いた秋美愛氏=東亜日報提供

 曺氏は法相就任からわずか1カ月で辞任し、その後、収賄罪などで在宅起訴される。尹氏はその後もいっさい手を緩めることなく、権力側に切り込み、政府・与党側の反発を買った。

 曺氏の後任の法相に就いた秋美愛(チュ・ミエ)氏は、なりふりかまわず尹氏に攻撃を加えた。捜査からの尹氏の排除が狙いだと、誰の目にも明らかな指揮権発動を連発するなど、政府と検察は抜き差しならぬ異常な関係に陥った。

 尹氏は現役検事総長として懲戒処分も食らった。その理由の一つが、「政治的中立に関する不適切発言」だった。20年10月、国会で検事総長退任後の政界進出について聞かれた尹氏が「社会と国民のため、どうやって奉仕するか、その方法を退任してゆっくり考えてみる」と語ったことが、政治的中立を損なう、つまりは野党側から大統領選を目指していると問題視されたのだ。

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