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ウクライナ侵攻とプーチンの複雑な頭の中~“若造”マクロンは仲介役たり得るか

冷戦後の新たな国際秩序構築の不在も侵攻の遠因? 20世紀のままのプーチンの世界観

山口 昌子 在仏ジャーナリスト

ウクライナの首都・キーウの独立広場でロシアの軍事侵攻による犠牲者を追悼する国旗が風に揺れていた=2022年6月1日

 ウクライナ戦争が始まって100日以上が過ぎた。プーチン・ロシア大統領が当初、目論んだウクライナ攻略は20%(ゼレンスキー・ウクライナ大統領)にとどまり、首都キーフの陥落は早々に諦めて東部ドンバス地方での戦闘に切り替えたが、それも難航中だ。一方、故国を捨てて国外に去るウクライナ難民は約660万人(国連高等難民弁務官事務所=UNHCR)に達し、ポーランドなど隣国を圧迫しつつある。

 ロシアに対する経済制裁は、ロシア国民のみならず、ブーメランとなって日本を含む西側諸国でのエネルギーや食料品の価格高騰となって、生活を脅かしている。「停戦」や「和平交渉」といった声が出始めるゆえんだが、当事者のプーチンの“頭の中”はどうなっているのだろうか。

長期戦、消耗戦の段階に突入

 プーチンが当初、砲撃だけで簡単に片付くと思っていたウクライナ戦だが、戦闘は長期戦、消耗戦の段階に突入している。ロシアは3月25日以降、形勢不利とみて、すでに軍事情報の発表を中止しているが、戦闘開始直後に投入された契約戦闘員で構成されている125部隊(全部で168部隊)では足りず、4月には15同部隊が加わったほか、海兵隊も投入されたとみられる(仏軍事筋)。

 プーチンの私兵部隊とも言われるエリート傭兵グループ、ワグナー軍団の約20万人も加わっているはずだが、すでに約1万5000人が戦死し、負傷者や捕虜、行方不明者を加えると6万人が戦列離脱状態だ(同)。

 こうした状況下でプーチンはいったい、何を考えているのだろうか。

CSTO首脳会議に臨むロシアのプーチン大統領=2022年5月16日、ロシア大統領府提供

帝政ロシア・ソ連帝国の折衷に基づく保守主義者

 「プーチンはロシア内では、帝政ロシアとソ連帝国の折衷に基づく一種の保守主義者とみられている」と指摘するのはウクライナ問題の仏研究家、ガリア・アッカーマンだ。プーチンがロシア国内で依然として人気が高いのも、こうした保守主義者の面があるからだとみている。アッカーマンは暗殺されたロシアのジャーナリスト、アンナポリトコフクスカヤの友人で、著作の翻訳者でもある。

 「プーチンは対外的にはイスラム教過激派と米国式ワーキズムの反対者であり、ロシア正教的カトリックの価値観を持つ保守主義者」とも指摘する。プーチンが仏独など西欧で依然として一定の人気があるゆえんとの分析だ。

 いずれにしても、プーチンの頭の中は21世紀の我々の頭の中とは異なり、20世紀の世界観という妖怪がまだ、徘徊していると言えそうだ。

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冷戦終焉は民主主義陣営の勝利ではない

 フランスのロシア問題の第一人者で歴史家のエレーヌ・カレール=ダンコースが、フランスの民放テレビ『TV5』で興味ある発言をしている。

 彼女はプーチンが大統領に就任(2000年5月)した直後、クレムリンでプーチンと会談している。「モスクワのフランス大使館を通して正式の要請があった」という。フランスの権威あるアカデミー・フランセーズの終生書記長でもある彼女に礼を尽くしたわけだ。

 カレール=ダンコースは1929年、パリ生まれ。父親は独系グルジア人(現ジョージア)、母親はロシア人だ。元KGBのプーチンが、こうしたロシアとの強い繋がりに加
え、『崩壊したソ連帝国』『レーニンとは何だったのか』など、冷戦時代から多数の優れた著作を発表している彼女に興味を持ったのは当然だ。

 プーチンの第一印象について彼女は、「権力の座に就いた直後で西欧世界を発見したばかりだったので、西欧世界を前に気後れした様子だった。しかし、正常なロシア・西欧関係を樹立できると考えていたはずだ」と指摘する。

 カレール=ダンコースは、ロシアの現状を理解するためには、「共産主義終焉、冷戦終焉に関し、再考する必要がある」ともいう。そして、「ソ連崩壊は奇跡が起きたからでも、西欧が勝利したからでもない。ソ連自身がシステムを崩壊させたからだ。忘れてならないのは、だから、彼らは西欧に債務を負わせたとの感情を持っていることだ。(ソ連崩壊は)ゴルバチョフとエリツィンが成し遂げたことだ」と断言する。つまり、冷戦の終焉は、一般的に考えられているように、米国を先頭とする民主主義陣営の勝利を意味しない、というのだ。

「ウクライナ戦争」のプーチンの目的

 また、対ロ経済制裁に関しては、「ロシア国民は制裁によって物質的に苦しむことは覚悟しているが、問題はその点ではない。精神的な面だ。彼らの国が再度、孤立に陥るという考えだ。単にのけ者にされたという考えだけではなく、村八分のようなシステムによって、国際的にのけ者にされたという考えだ」と解説した。

 さらに、「忘れてならないのは、ゴルバチョフがドイツの東西再統一を基本的に承諾した時、彼は米国とドイツにNATOがロシアの国境に進出しないことを要請したことだ」とも指摘した。ただし、この時はウクライナなどのNATO加盟問題に関しては話題に上らなかったという。ソ連にとってはウクライナのNATO加盟などはありえないが自明の理だったからだ。

 ゆえにプーチンの「ウクライナ戦争」の目的は、「欧州における安全保障のシステム設置の獲得だ。つまりロシアにおける安全保障に関する概念の保障だ」という。

Tomasz Makowski/shutterstock.com

国際的な新秩序の構築されなかった冷戦後

 カレール=ダンコースの発言で目を引いたのは、「欧州の歴史で初めて、冷戦という大戦争の後に、共同の組織による均衡のとれた出口を構築しなかったことも、ウクライナ戦争と無関係ではない」というものだ。

 確かに、これまで欧州では、戦争や悲劇的な大事件の終結時には国際的な条約が結ばれたり、会議が開催されたりしてきた。

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