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参院選公示 与野党は経済と生活の長期構想を競え!~国防論議には慎重さが必要

田中秀征 元経企庁長官 福山大学客員教授

 泥沼化するウクライナ情勢や、それに端を発するエネルギー高、急テンポで進む円安による物価高などが日本の経済や人びとの生活を脅かしつづけているなか、参議院選挙が6月22日に公示。7月10日の投開票までの選挙戦の火ぶたが切られる。

 今回の参院選に色濃く影を落とすのは、なんといっても2月末から4カ月間つづくロシアのウクライナ侵攻である。

プーチン・ロシアに手詰まり感

サンクトペテルブルクでの国際経済フォーラムに参加したロシアのプーチン大統領=2022年6月17日、AP

 プーチン・ロシア大統領は6月17日、ロシア・サンクトペテルブルグでの開かれた「国際経済フォーラム」に登場し、長時間に及ぶ演説をおこなった。ただ、ロシアの侵攻を正当化したり、欧米やウクライナを批判したり、自らの従来の主張を繰り返しただけで、今後の展開の方向性を具体的に示すことはできなかったという。朝日新聞(6月20日朝刊)が見出しにうたう「プーチン氏、手詰まり感」は、広く共有される認識だろう。

 こうした「手詰まり感」は、ロシア国民も肌で感じているに違いない。また、戦地でのロシア軍の士気の高さも伝わってこない。実際、ロシアの独立系新聞の編集長はロイター通信のインタビューにこたえ、ウクライナ侵攻について「国民の支持は減っている」と述べているという。(朝日新聞6月20日朝刊)

 ロシアが手詰まりに陥っている大きな原因は、ウクライナ東部ドンパス地方の制圧にいまだに手を焼いているからだろう。ウクライナ軍の国を守ろうという決死の抵抗が、ロシアがもくろむ侵攻予定を大幅に狂わせている。

 しかし、この手詰まりが、実はそれ自体がある種の危険をはらんでいることを忘れてはならない。

アジアにおける「戦線拡大」の恐れ

 私の趣味である将棋の世界には、幾百もの格言や警句がある。たとえば、「ヘボ将棋、王より飛車を可愛がり」や「歩のない将棋は負け将棋」などは、広く知られているだろう。

 「不利なときは戦線を拡大せよ」とか、「手の無いときは端歩(はしふ)を突け」といった意味深長なものもある。要するに、相手が予想していない箇所で新たな戦端を開けば、意表を突いて窮境を打開する可能性が生まれるということを意味している。

 これにならえば、ウクライナ侵攻の手詰まり感が強まった場合、プーチン大統領がヨーロッパの他の国に侵攻しないとは限らないし、なによりもアジアでの軍事的挑発を活発化させて危機的な状況をつくりだし、世界やロシア国内の視線を拡散させようとする恐れがありうる。

 世界地図を眺めると、すでにユーラシア大陸の東岸は、専制主義、軍国主義の断崖絶壁と化した感がある。かろうじて韓国が、尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領による新体制によって、ロシア、北朝鮮、中国に背を向けるようになったものの、専制主義の3国による「阿吽(あうん)の連携」は、日ごとに強まっているように感じられる。

 ロシア艦艇の日本周辺での活発な動きはもとより、北朝鮮の相次ぐミサイル発射、中国の3隻目の空母「福建」の進水も、「戦線拡大」の一環として見るのが自然だろう。とりわけ、ロシアのように現在、すでに戦争を続行中の国にとって、戦線を拡大することにはそれほど大きな躊躇はないものだ。

防衛力強化論には慎重さが必要

参院選公示を控え、党首討論会に臨む(左から)社会民主党の福島瑞穂党首、国民民主党の玉木雄一郎代表、日本維新の会の松井一郎代表、立憲民主党の泉健太代表、自由民主党の岸田文雄総裁、公明党の山口那津男代表、日本共産党の志位和夫委員長、れいわ新選組の山本太郎代表、NHK党の立花孝志党首=2022年6月21日、東京都千代田区

 ウクライナ侵攻以降、日本国内で防衛力の強化論が盛んになっている。防衛費の「対GDP比2%への増額」や「5年以内の2倍増額」、敵のミサイル発射基地などを破壊する「反撃能力」、アメリカの核兵器を同盟国にも配備して共同で使う「核共有」などの議論がかつてなく活発化し、世論もそれに対して理解を示す傾向が強まっているようだ。

 もちろん、現下の国際情勢を勘案すると、これらの議論をむげに拒否することはない。あの中立国であったフィンランドが、ロシアのウクライナ侵攻を前にして、必要に迫られてNATO(北大西洋条約機構)への加盟を申請したように、日本の安全保障に不備があれば、それに対応するべきなのは論を待たない。こちらが銃を持って身を守ろうとしている時に、相手が大砲を向けてくるのであれば、銃を持つこと自体が無駄になりかねない。より有効な防衛の方法を用意しなければならないのは当たり前である。

 ただ、ウクライナ侵攻という歴史的な暴挙の最中(さなか)に、日本が国政選挙において防衛力の増強という「これからの話」に夢中になっていいかといえば、疑問を禁じ得ない。こうした重大な課題は、淡々と粛々と進めなければいけない。そもそも「GDP比2%」や「5年以内」といった数字が示されれば、防衛力が増強される前の段階での紛争の可能性が高まるのではないか。

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