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食べログ賠償3840万円が問う ネット社会との向き合い方

アルゴリズムから離れ、自分の目と舌で判断するために

花田吉隆 元防衛大学校教授

 「人の口に戸は立てられぬ」と言うが、今や「人の口から出た声が世界中を駆け回る」。

 ネット社会とは、万人が発信能力を獲得した社会だ。そうだとすれば、「その声を束ねて商機に結び付ける者」も出てこよう。問題はその「束ね方」だ。無論、その束ね方がおかしければ信頼を失う。しかし、それがブラックボックスに入っていれば、人はなかなかおかしいと気づかない。他方、この「声を束ねる商売」が多くのフォロワーを獲得すれば、商売をする者は一定の市場影響力を持つようになる。個々の店の売り上げが左右されるなら、それはもう独占禁止法の立派な規制対象だ。しかし、この問題が我々に問いかけているのはそれとは別のところにあるのではないか。

東京地裁は3840万円の支払い命じる

 6月16日、食べログのサイトを運営するカカクコムが、優越的地位の乱用を理由に東京地裁から3840万円の損害賠償支払いを命じられた。訴えたのは、焼き肉チェーン店KollaBoを展開する韓流村。原告によれば、2019年5月に、運営する21店舗の評価点が平均約0.2点下落した結果、来店客が月約5000人以上減少、営業利益が6億4000万円失われたという。原告は、その原因が、カカクコムがチェーン店の評価を一律減点するよう評価基準・計算手法(アルゴリズム)を変更したことにある、とした。

食べログの評価点をめぐる裁判の構図

 これに対し判決は、「カカクコムが不利益な要請を行っても(飲食店側が)受け入れざるを得ない立場」にあるから、カカクコムは優越的地位にあり、アルゴリズムの変更はその「優越的地位の乱用に該当」し、且つ、カカクコムは「チェーン店が不利益になることを容認して変更しており、(カカクコムには)故意または重大な過失がある」とした。原告のチェーン店は、カカクコムに対する差し止めも求めたがこれは認められなかった。被告は直ちに控訴、原告も控訴するものと見られる。

食べログでは、点数やランキングについて説明するページを設けている=食べログのサイトから

 レストランの格付けは、ミシュランに代表されるように古くからある。最近は、多くの会社がこの分野に参入し格付け産業は大賑わいだ。ミシュランと食べログの違いは、前者がプロによる評価であるのに対し、後者が一般利用者の評価を集計したものであることだ。

 いうまでもないが、市場経済では、消費者が使ってみていいと思った商品は多く売れ、逆に評価が低ければあまり売れない。その評価が、市場という場を通し商品の需給を調整し、価格を決める。この構図に、かつてはプロが介入し、商品(レストラン)を評価しその結果を書物にまとめ利用者に売った。利用者は、その評価を参考に自らの決定を下す。プロがいいというのだから信頼できるだろう、との前提がある。信頼がなくなれば、プロは市場から淘汰される。

 かつては、プロによる評価しかなかった。それをネットが変えた。そもそも、商品の評価は消費者が決めるのであり、わざわざプロに決めてもらわなければならないことはない。しかし、消費者がどう思うか、評価する場も、また、評価を集計する手段もなかった。数少ないプロが評価するのとはわけが違い消費者の数は膨大だ。とても事業化になじむものでない。

 ところが、それがネットの発達で可能になった。レストランの利用者が自らの評価をネットに書き込む。グルメサイトの運営会社がそれを収集、集計して公表する。この評価結果は、プロが行うのでないから「信頼性」があるわけではないが、「多くの人がいいというならいいレストランだろう(少なくとも、大きな間違いはない)」と人々が思うことで評価結果に対する信頼性が生まれる。他の利用者は自らの行動を決めるに際しこれを参考にする。

 評価が、プロの手から一般人の手に移ったのだ。まさに、万人が発信能力を獲得したネット時代ならではの商売だ。

 問題は、集計が公正に行われるかどうかだ。カカクコムは、利用者の評価を単純に合計してはいない。人気レビュアーと言われる人や、影響力が大きいと思われる人の判断はより高く評価される。より頻繁に足を運ぶ人の舌はこえているに違いない、として、そういう人の判断を加重評価する。そのこと自体は不合理でも何でもない。ただ、対価を得て高評価を書き込むといったようなことがあれば不公正だが、今回はそれが問題ではない。

アルゴリズムのブラックボックス化と独禁法

 今回の問題は、アルゴリズムの変更に、チェーン店側に対し意図的に損害を生じさせるような不公正があったのではないか、ということだ。アルゴリズムはオープンにされていない。これをオープンにすれば、店側がそれを参考にして行動し正しい評価が得られなくなる、とカカクコムは主張する。その結果、アルゴリズムはブラックボックス化し、何やら訳が分からないまま店の評価が上がったり下がったりする。店側は、そこに不公正があるのではないか、と主張した。

 店側によれば、評価が0.1下がれば損害額は月100万円にも上る。それが、本件の場合、ある日突然平均0.2下がった。しかも一つの店舗だけでなく、チェーン店が軒並み下げられた。全部で21店舗もあれば営業損失は膨大だ。店側は、そこに意図的な不公正があったのではないかとし、提訴した。裁判所はその主張を認めた。

 裁判所がそこで持ち出したのが独占禁止法だ。カカクコムには巨大な市場支配力がある。それを用いて評価を操作すれば、同法が禁じる「優越的地位の乱用」にあたる。

 その前提として、そもそも独占禁止法が規制対象とするのは「取引」だが、評価は取引か、更に、カカクコムは果たして優越的地位にあるのか、が判断されねばならない。

 「取引」については、通常、取引とは金銭のやり取りを伴うものを指すが、本件はカネのやり取りを伴わない利用者による評価だ。では、独占禁止法の対象外か。裁判所から意見を求められた公正取引委員会は、これも「取引」に当たると回答した。委員会側からすれば、これを取引でないとしたのでは、ネット上の無料で提供されるサービスがことごとく同法のアミから外れてしまう。それでは同法の意味が失われてしまう、と考えた。

 「優越的地位」については、上記の通り裁判所はこれを認定したが、常識的に見て、膨大な額の売り上げを左右するカカクコムが優越的地位にあたらないとの判断はありえない。

 裁判所は、以上を前提に、カカクコムのとった措置を「優越的地位の乱用」と判断し、これに賠償を命じた。裁判所の判断は、ネット時代に急速に市場支配力を持つようになったカカクコムのような事業者を、法は野放しにしないとした点で重要だ。

それはそれとし、この問題の意味はもっと別のところにあるのではないか。

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