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「無用」と「有害」との間を揺れ動いた参議院~無風?の参院選で考えた

日本政治に合わせて二院制をいかにうまく運用していくかが問われる

加藤創太 東京財団政策研究所研究主幹

 7月10日の参院選の投開票に向けて選挙戦たけなわだが、今回の参院選は盛り上がりに欠けると各所で指摘されている。投票率が下がるという予想をする識者も多い。実際、今回の選挙結果が、与野党間の政権を巡る争いという本来の民主政治の意味合いで実質的な影響を与える可能性は低い。

参院選の意味、参議院の意味

 岸田文雄首相は、与野党で非改選議席を含めた過半数を確保することを勝敗ラインに掲げた。たしかに、最も政治的に重要な意味を持つ閾値(しきいち)だ。

 しかし、現在の自民党や岸田政権の高支持率や、勝敗の帰趨を分ける1人区における野党間の不協和、与党の非改選議席の多さなどから見て、この「勝敗ライン」を与党が割る可能性が現実的なレベルであると考えている者は、与党だけでなく野党にも少ないだろう。それでも各党は、政権を奪取した際の公約を提示している。

 こうなると、今回の参院選、さらには参議院自体の意味は何か、という疑問も生じてこよう。衆議院の優位性が憲法上定められている中、衆議院与党が参議院でも安定的な多数を握り続ければ、参議院が独自の存在意義を示すことは難しいからだ。

参院選の候補者らの演説に耳を傾ける人たち=2022年6月26日、神奈川県内

「カーボンコピー」と「ねじれ国会」

 かつてフランス革命の指導者の一人であったエマニュエル—ジョセフ・シェイエスは二院制を批判し、「第二院は何の役に立つか。第二院が第一院と一致するときは無用であり、第一院に反対するならば、それは有害である」と述べたと言われる。

 つまり、今回の参院選でも与党が過半数の議席を維持すれば、参議院は「無用」ということになる。それでも、シェイエスに言わせればまだ、参院選で与党が過半数を割り「ねじれ国会」となる「有害」な状況よりはマシということにもなる。

 日本における二院制をめぐる論争は、シェイエスのこの「無用」と「有害」の狭間(はざま)で、その時々の政治状況に応じて、揺れ動いてきた。

 55年体制の下、自民党一党優位が衆参両院で長く続いた時代、まずは「無用」論が先行した。参議院は衆議院の「カーボンコピー」に過ぎないという批判だ。

 しかし、1989年参院選を皮切りに「ねじれ国会」が生じるようになり、2007年から2013年の間の大半の時期は「ねじれ国会」が常態化した。それに伴い、「強すぎる参議院」が国政の迅速な意思決定を阻んでおり「有害」だという、カーボンコピー論とは逆方向からの批判が多くなった。一院制への転換も、多くの政治家や論者によって唱えられた。

 第2次安倍政権発足後に「ねじれ国会」は解消され、さらに衆議院で与党が議席数の三分の二以上を占める状況が続き、参議院は政治過程における影響力を大幅に失った。それに伴い、現時点では二院制批判は下火になっている。

それぞれ長短がある二院制と一院制

 二院制と一院制にはそれぞれ長短があるが、海外の政治学者らによる理論・実証研究では、権力の抑制と均衡の観点から、二院制のプラス面を示唆するものが多い。

 たとえば、第二院(上院)が第一院(下院)の拙速で軽率な立法に対するチェック機能を示すことが、実証的に示されてきた。特に日本のような議院内閣制の下では、政権(行政府)に対して第一院より第二院の方が独立的な立場に立つため、議会(立法府)による政権(行政府)に対する独立的なチェック機能は、参議院の方が果たしやすい。

 その一方で、第二院のチェック機能が弱すぎれば「無用」、強すぎれば「有害」というシェイエスの批判は現代でも当てはまる。

国会議事堂の北門にある「参議院」の表示=2022年6月22日、国会

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第二院の存在価値とは

 では、日本の参議院はどうあるべきか。シェイエスの言うように、衆議院と差別化できなければ、「無用」のカーボンコピーでしかなくなる。参議院を維持するために膨大な国費が投じられていることを考慮すれば、財政的には「無用」どころか「有害」である。

 他方、衆議院と差別化できたとしても、衆議院の決定にことごとく異を唱えるようになれば、国政は「膠着(deadlock)」し「有害」な存在ともなりうる。これはわれわれが2000年代後半以降の「ねじれ国会」で経験してきたことである。「ねじれ国会」が大きな要因となり、短命の政権が続いた。

 ただ、現在の日本で一院制への転換は、政治的にはリアリティを持たない。たとえば憲法改正が必要になるため、改憲発議に衆議院議員だけでなく参議院議員の三分の二以上の賛成も必要となるからだ。世論調査の結果を見ても、二院制の維持を支持する有権者は多数派だ。

 よって求められるのは、日本の政治状況に合わせ、二院制をいかにうまく運用していくかである。

 比較政治学者のアレンド・リップハルト(Arend Lijphart)氏は、日本を含む世界各国の二院制を類型化し、同じ二院制の下でも、国によってその果たしている機能や影響力が大きく異なることを示した。シェイエスの言う「無用」と「有害」の狭間にこそ、日本の参議院をはじめ第二院の存在価値は見いだせるはずだ。

 そのためにはどのような制度改革が必要となるだろうか。以下では簡単に、改革の方向性と具体的な措置のあり方につき提案したい。(なお、本稿では改革の範囲を憲法改正を要しない範囲に限定する。)

改革の方向性・その1——衆参の差別化

 改革の方向性としてまず必要なのは、参議院と衆議院との差別化である。

 衆参両院の議員が同じような政党構成で同じようなバックグランドを持つのであれば、第二院の第一院に対するチェック機能も働かず、参議院はまさに「無用」となる。学習院大学の福元健太郎教授は、衆参両院の議員構成や法案審議が異なっているかにつき実証分析を行い、両者に(2007年当時で)有意な違いはないという結果を導いた。そうであれば日本の二院制は無意味だという福元氏の指摘は当を得ている。

参議院の選挙制度を変えよ

 差別化の一つ目の方法としては、議員の選出母体を衆参でより大きく差別化することが考えられる。そのためには、公職選挙法の改正などを通じて選挙制度を改革することが想定しうる。

 たとえば、衆議院が小選挙区制中心の選挙制度となっていることから、参議院は全議員を大選挙区選出とすることは、衆参の差別化に資する。実質的にも、人々の価値観が多様化し政治対立軸が多元化する時代に、衆参両院とも小選挙区での勝敗が選挙結果に決定的な影響を与えるという現状が適切ではない、という見方も可能であろう。なお、大選挙区の単位としては、全国区とするか道洲単位のブロックとするかなどいくつかのパターンが想定しうる。

立法府における役割を分けよ

 差別化の二つ目の方法は、立法府の中での業務内容や機能を衆参で役割分担・差別化することだ。私たちは従来から、日本の経済財政や社会保障などの長期推計を行う独立的推計機関を参議院に設置することを提唱してきた。

 議会の元々の最大の役割の一つは、政府の財政運営の監視だ。ただ、議院内閣制の下では内閣と衆議院は融合するため、衆議院が日常的な政府の監視機能を果たすことは難しい。参議院は、衆議院より任期が長く、内閣の解散権の行使の影響も及ばない。長期的な視点を取り込める参議院に、独立的推計機関を置くことが適切であり、衆参の機能面での差別化にも大きく資する。

 また、参議院に置かれてきた行政監視委員会の機能と調査スタッフを拡大し、エビデンスに基づいた政策評価機能を全面的に採り入れることも考えられる。独立的推計機関とともに、衆議院と同じ法案や予算の審議であっても、データなどエビデンスに基づいた冷静な政策討議を実施する場として参議院を特徴づけ差別化するのだ。そうした科学的な政策討議を遂行できるような議員が選ばれることで、衆議院との選出母体の差別化も進むはずだ。

国会議事堂=2022年6月24日、東京都千代田区

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改革の方向性・その2——衆議院の優越の強化

 上記の改革のひとつ目の方向に沿って衆参を差別化していけば、シェイエスの観点からは、参議院が「無用」となる場面は減る一方、「有害」となる場面が増える可能性がある。

 たとえば、参議院議員をすべて大選挙区制で選出する改革を実施すれば、大選挙区制の特性として多党制となる可能性が高いため、衆議院与党が参議院で過半数を握ることは難しくなる。つまり「ねじれ」とそれにともなう「膠着」が過度に生じる可能性がある。

 よって改革の二つ目の方向性として必要なのは、憲法(一部は国会法)で定められている衆議院の優越の範囲を広げ、過度の「膠着」を防ぐことだ。

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