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山口二郎・神津里季生対談(上)~安倍元首相銃撃事件から浮かぶ「忖度社会」「自己責任論」

何が社会を劣化させ、犯行を招いたのか

松下秀雄 朝日新聞山口総局長・前「論座」編集長

 安倍晋三元首相が銃撃を受けて死去し、事件をきっかけに世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と政治の関係などが浮かび上がってきました。直後に投開票された参院選では、選ばれた125議席の過半数を自民党が単独で獲得。旧民主党系の立憲民主、国民民主両党はともに議席を減らし、「自民党をピリッとさせる」と唱えた日本維新の会が伸びました。
 私たちは事件から何をくみとるべきか。野党は今後どうすべきか。日本に政権交代可能な政治状況をつくろうと長年、とりくんできた山口二郎・法政大学教授と神津里季生・前連合会長が語り合いました。司会は「論座」編集長・松下秀雄。銃撃事件を中心とする(上)と、参院選や野党のあり方を中心とする(下)の2回にわけて公開します。

(論座編集部)

山口二郎氏
山口二郎

(やまぐち・じろう)

法政大学法学部教授(政治学)
1958年生まれ。東京大学法学部卒。北海道大学法学部教授を経て、法政大学法学部教授(政治学)。主な著書に『大蔵官僚支配の終焉』『政治改革』『ブレア時代のイギリス』『政権交代とは何だったのか』『若者のための政治マニュアル』など。
神津里季生氏
神津里季生

(こうづ・りきお)

連合顧問・全労済協会理事長
1956年生まれ。東京大学教養学部卒。新日本製鐵労働組合連合会会長、日本基幹産業労働組合連合会中央執行委員長、連合事務局長などを経て2015年10月から21年10月まで連合会長。著書に『神津式 労働問題のレッスン』。
松下秀雄
(まつした・ひでお)
朝日新聞「論座」編集長
1964年生まれ。朝日新聞政治部記者、論説委員、編集委員を経て現職。

社会が「忖度」に染まっていた

演説する安倍晋三元首相。背後に山上徹也容疑者の姿がみえる=目撃者提供(画像の一部を加工しています)

 松下)7月の参院選の結果と、安倍晋三元首相銃撃という衝撃的な事件を踏まえて、今後の政治について語り合っていただければと思います。まず、安倍さんが亡くなったことの受け止めから。

 山口)最初、これは政治的テロかなと思って非常に衝撃を受けました。20世紀の全体主義の歴史を研究しているイェール大学のティモシー・スナイダーが書いた『暴政』という本を事件2日前に学部のゼミで読んでいて、読んだ箇所にドイツの国会議事堂炎上事件とヒトラーの話があったんです。想定外のことが起きても冷静でいることが独裁を防ぐ鍵だというところを読んだ2日後、しかも投票日直前ということで、ともかく最後まで自由に議論しながら選挙をすることが民主主義を守るためにも必要だということを、ツイッターなどでも書きました。

 そのあと背景が明らかになってきて、旧統一教会によって人生を台なしにされた怨念にもとづく犯行だったと伝えられたので、政治的テロとは別の観点で背景を掘り下げていく必要があると思っているところです。

 神津)私も啞然とし、あってはならないことが起きたと思いました。いろんな背景要素が絡まっています。あのお粗末な警備体制は信じられない。世界に恥をさらしたといっても過言ではないと思う。それから、ああいう教団にメディアをはじめ社会がもっと目を向け、問題点をえぐりだし、退場していただくことが本来あるべきだと思うわけです。それがないまま見過ごされてきた。

 それは相当な数の政治家がお世話になっていて、取り締まる側にも忖度が生じてしまい、メディアや私たちをふくめ、社会が忖度に染まってしまっていたことが背景にあるといわざるをえない。

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社会的包摂の失敗、日本を覆う自己責任論

取り押さえられる直前、手製の銃を手放した山上容疑者=2022年7月8日、奈良市
 山口)広い意味で社会的包摂の失敗の結果という面もあると思います。犯人に同情するとか犯行を正当化することはまったく考えていませんが、家庭に不和があって、犯人のお母さんが救いを求めて統一教会に入信したら、お金を全部巻き上げられ、息子は大学にもいけず、希望をもてない状態で生きざるを得なかった。お金がなくなる前に銃撃を実行しようと思ったという報道もある。そこまで追い詰められる前に、家庭がうまくいかないとか、親が破産したという若い人に救いの手をさしのべる仕組みをつくっておかなければならなかったと感じますね。

 それから、人の財産を収奪するような反社会的な活動をしている宗教団体と、自民党を中心とした一部の政治家がお互いに利用しあうような関係にあったことは、きちっとえぐりだし、しっかり反省し、対策を打たなければならないと思いますね。

 神津)いわゆる新自由主義的なものの考え方、とりわけ自己責任論がこの20~30年、日本にはびこって、社会を劣化させました。苦しい状況にいる若い人たちさえ自己責任論に染まってしまっている。こんなことになっているのは自分が情けないからだ、自分の力でなんとかしなければならない、できない自分が歯がゆいと。

 東京都江戸川区がひきこもりについて調査したら、70万人の人口のうちわかっただけでも8000人近くがひきこもりでした。それも自己責任論のなせる技ではないかと思います。人生は巡り合わせで、だれにでも運不運がある。「路頭に迷わせない」というメッセージを国が出し、制度的裏付けをしっかりもつことが大事。残念ながら日本はそれができていません。

「親ガチャ」の限界的事例だった

 山口)この1、2年、「親ガチャ」が流行語になっています。生まれ落ちた家庭環境で人生が規定されるのを諦めるしかないという意味で若い人が使うわけです。今回の事件は「親ガチャ」の限界的事例ですよね。社会に向けて恨みを晴らすみたいなかたちで爆発する前にどうやって防ぐか。行き場のない鬱憤や怨念をもっている若い人に対して、これから人生をやり直せますよという、包摂や支援のシステムを早急につくることが必要だと思いますね。

 たとえば親が経済的に行き詰まって大学にいけないとか、不安定なかたちで働かざるを得ない若い人たちに対して、大学にいくくらいまでの間、生活を支援する無利子融資や学費の免除といった政策を打ち出すこと。それを大々的に中学や高校などで宣伝して、家庭環境の問題はあなたのせいじゃないとしっかり教えることが必要だと思いますね。

 神津)「教育無償化」といい、多少とも改善されたところはあるけれど、これもほんとうの意味での無償化ではない。ヨーロッパの先進国ではほんとうに無償で大学にいけるわけで、そこまで進めていくべきです。

 それからスウェーデンをはじめ北欧の国々は、生活保障と教育訓練と再就労のマッチングをパッケージにする仕組みをもっている。だから格差が大きくならないし、働く側が「この会社に不満がある」「仕事があわないな」というとき、食いっぱぐれることがないという安心感をもちながら転職できる。今後、AIとかカーボンニュートラルとか、産業構造も大きく変わっていくので、意欲をもって労働移動が図られるのは国にとっても大事なことですが、個人の気持ちのもち方にも大きく作用する。包摂的な社会をつくることがほんとうに必要だなと、改めて痛切に感じます。

山上徹也容疑者のものとみられるツイッターの投稿=画像の一部を加工しています

「国葬」「特定の宗教団体」の裏側に

 松下)さきほど「社会が忖度に染まっていた」という話もありましたが、国葬をふくめた政治の対応、報道のあり方、社会の受け止め方についてどう感じていますか。

 山口)史上最長政権をつくった安倍元首相ですから功罪いろいろあると思います。功罪は事実に沿って評価しないといけない。岸田首相が、暗殺で亡くなったからという文脈で、民主主義を守る決意を示すために国葬をおこなうという言い方をされたわけですが、非常に筋違いな話だと思いますね。安倍政権時代に議会政治や法の支配を壊すようなことを数々やってきたわけですから、それを不問に付すということなら反対せざるをえない。メディアもきっちり問題点を指摘してほしい。

 神津)旧統一教会の問題について、一般紙や全国ネットのテレビ局は当初、「特定の宗教団体」という言い方に終始したじゃないですか。それに対して海外のメディアは名前を挙げていたわけです。いわゆる独裁の専制主義国家においては、自分たちのことが国内ではわからんというのはよくある話ですが、それを想起させることが起きたのはほんとうに悲しい。取り締まるべき立場の人が政治家に忖度して手をつけず、メディアにもそういう雰囲気が伝わっていたのかなと思わざるを得ない。由々しき話だと思います。

 国葬の問題は、少なくとも野党とも話を通じておくべきでした。国会はこの間、ずっと軽視されていて、これは安倍さんの「功罪」の罪の部分だと思います。国民の中でも議論が百出し、国を二分するような状況ですから、国葬というかたちが果たしていいのか。

 山口)国会でまず議論すべきです。法的根拠や予算措置について質問し、説明を受けるべきですよ。

自由な言論を守るためにすべきこと

 松下)戦前もテロが続き、自由を奪われていったのだと思います。今回は政治的テロではないのだとしても、自由を奪われることにつながらないか

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