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コロナ禍の日本社会の異常と倒錯感を問うた「グローバルダイニング訴訟」

東京都の時短命令は違法と断じた東京地裁。異例のスピード判決が示した意義と課題

倉持麟太郎 弁護士(弁護士法人Next代表)

 さる8月16日、グローバルダイニングを原告として東京都の時短命令の違法性を争った訴訟が確定した。新型インフル特措法(以下「特措法」という)に基づく知事による飲食店に対する時短命令の違法性について、裁判所が判断した初めての事案である。

控訴を取り下げた後に会見するグローバルダイニングの長谷川耕造社長(中央)、倉持麟太郎弁護士(右)ら。控訴取り下げでグローバルダイニング訴訟が確定した=2022年8月16日、東京・霞が関

グローバルダイニング訴訟の「特殊さ」

 2022年5月16日、東京地裁は東京都の時短命令に関して、都側に注意義務違反及び損害賠償責任はないと判断する一方で、命令を出したことは違法だと認めた。訴訟提起から約1年2カ月、第1回期日からは1年足らずという異例のスピードでの判決(以下、「本判決」という)だった。

 ただし、本訴訟の「特殊さ」は、判決までのスピードだけにとどまらない。筆者が強調したいのは、強度の自粛・同調型社会である日本社会において後景に退きつつあった、「あたりまえの」自由と法の支配の一線を「あたりまえに」顧みたという「特殊さ」に他ならない。

 「あたりまえ」が「特殊」と化したコロナ禍の日本社会の異常と倒錯感を、本判決を通してあらためて“体験”してみたい。

本判決提起までと提起後の経緯

 2回目の緊急事態宣言期間中の2021年3月11日、筆者は原告代表者の長谷川耕造氏と初めて対面した。本訴訟を提訴した3月22日の約10日前のことだ。読者は驚かれるかもしれないが、長谷川氏は当初、本訴訟の提起に消極的だった。

 顧客が背を向けないか。飲食業界にあって「なぜおまえだけ」といの反感を増幅しないか。債権者や株主等々のステークホルダーたちの納得を得られるのか……。そうした上場企業特有の苦悩が、長谷川氏にはあった。

 決定的だったのは、3月18日に東京都から届いた原告に対する措置命令書だった。理由として、長谷川氏が雇用の維持が困難であるために、特措法に基づく要請に従わない旨を「SNSで発信したこと」が掲げられていた。この命令理由に対して長谷川氏は、反射的に「自由の抑圧」を嗅ぎ取った。

 感染防止とは関係しない一私人のSNS発信を根拠に、公権力が不利益処分を課すことが許されていいのか――。原告の提訴意思はここで確定的なものになった。かくして、行政による恣意的かつ制裁的処分に対し、法の支配、そしてその実現機関である司法が機能しているのかを問う闘いの幕が上がったのである。

違法性の核心をつくための五つの争点設定

 本訴法において、原告代理人として筆者は以下の五つの争点設定をした。

①遅くとも命令発出時点(2021年3月18日、宣言終了の3日前)において命令発出の前提たる「緊急事態」にはなかったのではないか。
②2000店舗が要請に従わない中で、命令対象32店舗中26店舗が原告であったのは「狙い撃ち」であり違法ではないか
③雇用の維持のための要請不協力は要請に従わない「正当な理由」(特措法45条3項)に該当するのではないか。
④命令発出が「特に必要があると認めるとき」との要件を欠くのではないか。
⑤コロナ特措法自体の違憲(法令違憲)及び本件命令の違憲性(処分違憲)。

 裁判所は、都側の命令が違法であるとの結論を導くにあたり、④「特に必要があると認めるとき」の要件解釈に、原告の主張(とりわけ①及び②)を集約する形で判断を行った。すなわち、同要件解釈における裁判所の判断枠組みを検討すれば、本判決の「キモ」はすべて網羅していると言える。そこで以下、判決の核心部分と、判示がもたらす意義について論じていきたい。

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知事の裁量には一定の幅

 本判決は、特措法は、都知事が命令発出しうる場合を、当該施設管理者が45条項要請に従わないことに加えて「特に必要があると認めるとき」に“限定”し、命令違反には過料が課されるという構造になっており、「その運用は、慎重なものでなければならない」とする。そのうえで、命令発出の必要性の有無の判断における都知事の裁量の幅は「被告の主張のように広範なものとはいえない」として、出発点において都知事の広範な裁量に絞り込みをかける。

 この前提のうえに本判決は、命令発出が「特に必要があると認めるとき」とは、「施設管理者が45条要請に応じないことに加え、当該施設管理者に不利益処分を課してもやむを得ないといえる程度の事情があることを要する」との規範を導出する。

緊急事態宣言中、記者会見する東京都の小池百合子知事=2021年3月18日、東京都新宿区の東京都庁

二つの内閣官房事務連絡を参考に

 本判決は、上記規範の判断において、内閣官房による以下の二つの事務連絡を「参考になる」として、必要性要件の解釈・判断過程に編入する。

 一つ目は、①必要性要件該当判断に関して、「専門家の意見として、対象となる施設等が、クラスターが発生するリスクが高いものとして認識されている上に、当該施設において3つの密に当たる環境が発生し、クラスターが発生しているリスクが高まっていることが実際に確認できる場合」であり、「感染防止対策を講じていることは、上記要件の考慮要素になりうる」(令和2年2月12日「事務連絡」、以下「事務連絡①」という。)との事務連絡である。

 二つ目は、②「要件該当性の評価について合理的な説明が可能であり、公正性の観点からも説明ができるものになっているかに留意すべきである」(令和3年4月9日「事務連絡」)という事務連絡である。

 ここで注目するべきは、必要性判断の方法として、「対象となる」「当該」施設について、クラスター発生リスク等が高まっていることが「実際に確認できる」という、個別の店舗状況及び現実の目視確認を要求している点である。漠然とした「飲食店=感染源=命令可能」というイメージではなく、対象となる個別店舗の事情を「実際に確認」することが要求される厳格な手続を都道府県に課すものといえよう。

 東京都が「本件命令の発出に先立ち、本件対象施設を現地確認し、原告が本件要請に応じず夜間の営業を継続していることを確かめたものの、本件対象施設における上記対策の実情等を調査した様子はみられなかった」との裁判所の認定は、同規範に対応している。

 筆者が個人的に意外だと感じたのは、上記事務連絡①の後半部分に対応して、原告店舗は「業種別ガイドラインの項目を逐一遵守していたわけではなかったものの…感染防止対策を実施していた」ことを、必要性判断において原告に有利な要素として認定している点である。ガイドライン等の遵守といった形式的基準を硬直的にあてはめるのではない、きめの細かい柔軟かつ常識的な判示といえる。

「情」に飲まれかけていた社会を「理」で押し返す

 もう一つ、本件判決が今後影響力を持つであろう判示部分を検討したい。それは、被告による命令の必要性の根拠として挙げられた「同命令発出日の頃の都内での新規感染者数の推移や医療提供体制のひっ迫状況に基づけば、緊急事態措置として飲食店の営業時間短縮の徹底を図るべきであったこと」との主張(事情aとする)に関する裁判所の判断である。

 裁判所は、事情aは「45条2項要請を行うに当たっての前提条件」であり、要請に応じないときに、事情aがあれば特に必要があるとすると、「対象となる施設の個別の事情とは関わりなく、常に「特に必要があると認めるとき」との要件が満たされることになり、制裁規定の前提となる不利益処分を課すのは慎重でなければならないという観点から、都知事が同命令を発出し得る場合を限定した法の趣旨が損なわれ、不合理であると言わざるを得ない」と判示した。

 以上を定式化すれば、
・(その時点の感染者数や医療ひっ迫)一般的事情=45条2項「要請」段階での条件
・(店舗の構造や感染対策等)個別事情=45条3項「命令」段階での条件
ということになる。

 実はこの定式は、コロナ禍の日本社会で漠然と共有されていた感覚に釘を刺すものだ。強度の自粛と同調性を有する日本社会において、「感染者数が増えているので飲食店に命令を出してしかるべき」という空気があったことは否定できない。しかし、本判示部分では、たとえ「一般的に」感染者の増加や医療のひっ迫を示す数字が存在しても、当該命令対象となっている店舗の「個別の」事情を検討しなければ命令は適法化されないと判示したのである。

 権利の制約にはコストがかかる。空気や不公平感では人権制約はできない。抽象的な不安や恐怖という「情」に飲み込まれかけていた社会を、「理」で押し返す一線を思い出させる画期的な判示部分であったといえよう。

東京地裁の判決で「時短命令は違法」が認めたことを伝えるグローバルダイニングの長谷川耕造社長(右)ら=2022年5月16日、東京・霞が関

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各都道府県の命令発出への影響

 ここで特筆すべきは、「特に必要があると認められるとき」の判断枠組みとして「要請に応じないことに加え、当該施設管理者に不利益処分を課してもやむを得ないといえる程度の個別事情があることを要する」との判断枠組みを提示したことだ。

 これにより、政府や専門家及び一部メディアが、一般的・抽象的な「20時以降の営業継続→客の来店を促す→飲食につながる人流の増大→感染リスクを高める」という推論関係を強調しても、命令発出にあたっては「当該個別施設」の事情を「実際に確認」しなければ、「特に必要があると認めるとき」との要件を満たさないこととなる。

 コロナの「第7波」への対応が取り沙汰されている今、上記規範に従えば、各都道府県知事が飲食店に命令発出しようとすれば、施設におけるクラスターリスクに関して専門家を含めて「実際に確認」できなければ適法とはいえないことになる。日本社会の同調圧力と過剰な自粛気質に胡坐(あぐら)をかき、“乱暴”な命令を発出し続けてきた各都道府県にとって、多大なコストを求める判示といえよう。

裁判所の司法権行使を他の公権力はどう受け止めるか

 次に本判決のマクロな意義について考える。多少青臭い言い方をすれば、裁判所が今回、立法府が制定した法律を解釈適用した行政の判断を「違法」とするかたちで、司法権の行使したことによって、「法の支配」という文脈において、司法・行政・立法三権のダイナミズムが生まれることが望まれる。

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