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国葬と内閣府設置法「逐条解説」をめぐる読売・産経報道のミスリード

所掌事務を定めたに過ぎない条文が閣議決定の根拠になるはずはない

郷原信郎 郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

 7月22日、参議院選挙の応援演説中に銃撃され亡くなった安倍元総理大臣の「国葬儀」を行うことが閣議決定されてから、2か月が経過し、9月27日の開催当日が迫っている。

 この「国葬儀」をめぐる議論の中で、閉会中審査などで、政府と野党側との対立点の一つとなっていたのが、法的根拠の問題である。それに関して、9月8日の閉会中審査の前後に、読売新聞《「国の儀式」に国葬想定 内閣府設置法 法解釈 2000年文書に明記》(9.6)と産経《国葬「国の儀式」規定》(9.13、ネット版は9.12)という2つの記事で、内閣府の「内部文書」に基づき、「所掌事務」を規定する内閣府設置法が「国葬儀」の法的根拠であるかのように述べるミスリーディングな報道が行われた。

 特に産経記事では、根幹部分の引用に対応する「内部文書」の記載がないことが分かった。

 このまま安倍元首相の国葬儀が実施された場合も、10月上旬に召集される臨時国会での大きな論争点になることは必至である。「国葬儀」の法的根拠の問題について、前提事項を述べた上、引用された「内部文書」内容を踏まえて、これらの記事の問題点を指摘しておきたい。

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内閣府設置法は国葬「決定」の根拠にはなり得ない

 閣議決定の直後の7月24日に出した拙稿【安倍元首相「国葬儀」が抱える重大リスクに、岸田首相は堪え得るか】で、法的根拠の有無等の「法律上の問題」と、国葬を行うことの是非という「実質面の問題」の二つがあり、前者については、戦前の国葬令による「国葬」と同様に国民に服喪を強制するようなものでなければ、内閣の権限と判断で、「国が喪主となる葬儀」を行うことができないとまでは言えない。問題は後者、つまり、安倍元首相について国葬を実施することの妥当性こそが問題だと述べた。

 安倍氏は、首相としての業績が大きなものであったとしても、一方で、選挙で勝つためには手段を選ばず、 国会での圧倒的多数を最大限に活用し、国論を二分するような問題でも「政治権力で押し切る」という強引な政治手法によって、社会の「分断」「二極化」を生じさせた。その安倍氏の「国葬」を行うことは、さらなる社会の「分断」「二極化」を招きかねず、岸田政権にとって重大なリスクとなりかねない。

 要するに、「国葬」をめぐっては、法的問題は決定的なものではなく、むしろ、その実施について政治的責任を果たし得るかという問題の方が重大だというのが、私の見方だった。

 その後、安倍氏の殺害に関連して「統一教会」と自民党議員の関係が大きな社会問題となり、岸田首相が、統一教会問題によって閣僚や自民党への批判が高まったことを受けて、9月と予想されていた内閣改造を、急遽前倒しして新内閣を発足させたことなど、最悪の対応を続けたこともあって、国葬反対の声はますます大きくなり、世論調査でも、反対が賛成を大きく上回り、内閣支持率も急落、岸田政権は危機的事態に陥っている。

首相官邸前で行われた国葬への抗議活動=2022年9月8日首相官邸前で行われた国葬への抗議活動=2022年9月8日

 岸田首相は、「国葬を行う理由」について、(1)首相在任期間が、憲政史上最長であること、(2)東日本大震災からの復興、経済再生、外交での実績、(3)各国からの弔意、(4)選挙運動中での非業の死、という理由を繰り返し説明しているが、いずれも、佐藤栄作元首相など、歴代の首相が国葬ではないのに安倍元首相が国葬であることの理由として全く説得力がない。

 このように、国葬を実施する理由について国民の理解が得られないことに加えて、野党等からは、「国葬を行うことの法的根拠がない」という点がしきりに問題にされている。

 それに対して、「国葬儀」を閣議決定だけで行い得る「法的根拠」について、岸田内閣側が持ち出したのが、内閣府設置法4条3項33号の国の「儀式に関する事務」の規定だ。

 しかし、そもそも、「国葬儀」の法的根拠の議論の中で、「内閣府設置法」などという、内閣府の所掌事務に関する法律を持ち出すこと自体がおかしい。

 戦前の「国葬令」が廃止され、国葬について「法律上の根拠」はない以上、「国葬儀」を実施するとすれば、内閣の「行政権の行使」として内閣の政治責任において行うしかない。ところが、閉会中審査で、岸田首相は、立憲民主党の泉健太代表の質問に答えて、次のように答弁した。

 今回の国葬儀につきましては、内閣府設置法および閣議決定を根拠として実施することを決定させていただいたと説明をさせていただいております。こうした国葬儀、立法権に属するのか、司法権に属するのか、行政権に属するのか、判断した場合に、これは間違いなく、行政権に属するものであると認識をしています。そしてそれは、内閣府設置法第4条第3項に記載されている、こうしたことからも明らかであると認識をしております。

 岸田首相は、内閣府設置法4条3項を持ち出し、それが、あたかも「法律上の根拠」であるかのように説明した。しかし、そもそも、内閣府設置法というのは、「内閣府」の「任務」を「内閣の重要政策に関する内閣の事務を助けること」等と定め、その任務を達成するため「所掌事務」を定めているものであり、「内閣の権限」を定めているものではない。内閣府設置法が、閣議決定によって国葬儀を行う「根拠」になるものではない。

政府答弁書「国の儀式を行うことが行政権の作用」

 8月15日には、「国葬」に関するいくつかの質問主意書に対する答弁書が提出されているが、この中で、浜田聡参議院議員の

 吉田茂元総理の国葬儀について、「国葬儀につきましては、御承知のように法令の根拠はございません」との当時の政府見解に変更はないか。

 との質問に対して、

 現在までに国葬儀について規定した法律はないが、いずれにせよ、閣議決定を根拠として国の儀式である国葬儀を行うことは、国の儀式を内閣が行うことは行政権の作用に含まれること、内閣府設置法第四条第三項第三十三号において内閣府の所掌事務として国の儀式に関する事務に関することが明記されており、国葬儀を含む国の儀式を行うことが行政権の作用に含まれることが法律上明確となっていること等から、可能であると考えている。

 としている。

 そして、このような「見解」について、江田憲司衆院議員の「内閣法制局も同様の見解か」と質問されたのに対して、答弁書では

 内閣法制局においては、内閣官房及び内閣府から、「上記見解」について、意見を求められたことから、これに対し、所要の検討を行った上、意見はない旨の回答をしたところである。

 と答えている。

 「答弁書」に記載された「見解」が、正式な「政府見解」である。

 それは、以下のように整理できる。

① 国葬儀について、「法令上の根拠」はないが、閣議決定を根拠として「国の儀式」として「内閣の行政権」に含まれる。

② 内閣府設置法の「内閣府の所掌事務」として、「国の儀式に関する事務」が明記されている。

③ (②から)「国葬儀を含む国の儀式を行うことが行政権の作用に含まれること」が法律上明確となっている。

④ これらから、「閣議決定により国葬儀を実施することが可能」と考えている。

 そして、政府としては、上記のように「考えている」として、そのような見解について、内閣法制局に検討をさせたところ、「意見はない」との回答をしたということである。

 上記のうち①は、行政権の性格上、特に問題ないと言えるし、②は、法律の条文そのものであり、特に異論はない。問題は、③である。「国の儀式」が行政権の作用に含まれることには異論がないとしても、それが「国葬儀を含む」のかどうかについては、もう一つの「法解釈問題」がある。

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内閣府設置法持ち出しは「法律上の根拠」があるように見せかけるため

 憲法7条で天皇が内閣の助言と承認によって行う「国事行為」としての「儀式」が、この内閣府設置法の「国の儀式」に当たることは明らかだが、それ以外に、「国の儀式」というのがあり得るのか、「国葬儀」が含まれるのか否かは、「法律に明記」されているものではなく、内閣の行政権として行い得るか否かの判断の問題である。

 戦前の「国葬令」が廃止され、国民主権の憲法の下では、「国葬」そのものが行い得ない、という考え方もあり得るが、内閣として、それを行い得ると考え、実際に実施することになった場合には、「国の儀式」に含まれるので、その「事務」を内閣府の所掌とするというのが内閣府設置法の規定である。

 現内閣としては、この「国葬儀」が行政権の行使として行い得ると「考えた」のであり、それについて、内閣法制局は、「そのように判断するのであれば、その結論には特に法律上問題があるとは言えない」という意味で「意見がない」ということなのである。

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