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米国の最新版「国家安全保障戦略」の核は「人への投資」とグローバル化

民主国家群と専制国家群との大国間競争時代を強く意識

山内康一 前衆議院議員

 バイデン政権は、2022年10月に国家安全保障戦略(National Security Strategy)を発表した。日本政府も2022年12月末までに国家安全保障戦略を改定する見込みだが、政府関係者は米国の国家安全保障戦略を精査しながら、日本の国家安全保障戦略を検討していることだろう。

 全48ページの米国国家安全保障戦略の原文に目を通す時間のない人の便宜のため、私見を交えつつ紹介してみたい。

 国家安全保障戦略において米国が直面する二つの戦略的挑戦として、(1)民主国家と専制国家との争い、(2)気候変動、感染症、経済危機などのグローバルな問題、があげられている。

 戦略環境が大きく変化し、ポスト冷戦時代は終わり、大国間競争の時代に入り、「民主国家群と専制国家群がどちらの統治システムがすぐれているかの競争をしている(Democracies and autocracies are engaged in a contest to show which system of governance can best deliver for their people and the world.)」と捉えている。

 ポスト冷戦期の米国の脅威はイスラム原理主義テロなどの非国家アクターだったが、これからは中国やロシアといった専制主義の大国が脅威であるとの認識に立つ。軍事的関心もアフガニスタンやイラクでの対テロ戦闘やゲリラ戦から、中国やロシアとの正規戦へ重点を移した。中国を最大の戦略的競争相手とみなす姿勢が鮮明である。

国家安全保障戦略(National Security Strategy)10月に発表された米国の国家安全保障戦略

ソフトパワーの回復を目指す米国

 米国は「自由で開かれ安全で繁栄する世界(a world that is free, open, secure, and prosperous)」を目指すと訴え、民主主義や人権、法の支配、公正な市場などを重視する姿勢を示す。また米国国内の民主主義の大切さを強調し、トランプ政権時代の民主主義の後退を問題視し、トランプ大統領が損なった米国のソフトパワーを回復しようと必死な様子がうかがえる。

 同時に中国を警戒するだけではなく、中国も含めた世界の国々と協力して、気候変動、食料安全保障、感染症、テロリズム、エネルギー問題、インフレなどの問題に取り組むとも述べている。中国との競争だけでなく、協調も打ち出している点も忘れてはならない。

 国家安全保障戦略上の目的を達成するための3つの努力として、(1)米国内の産業基盤や人材への投資、(2)同盟国との協力の強化、(3)軍事力の強化、があげられている。国家の総力をあげて、①外交、②開発援助、③産業政策、④経済安全保障、⑤インテリジェンス、⑥防衛力を強化するとしている。元JICA職員の私としては、安全保障上の重要な要素として「開発援助」があげられているのをうらやましく思う。日本政府も戦略的観点からもODAをもっと重視すべきだ。

 日本の国家安全保障戦略(2013年)との大きな違いは、米国の国家安全保障戦略が米国国内の製造業やインフラ、教育訓練などへの投資を非常に重視している点だ。バイデン政権の国内立て直しを優先する姿勢が明確である。中国を意識しつつ21世紀のグローバル経済を勝ち抜くための戦略的公共投資の重要性を強調している。サイバーセキュリティ、半導体サプライチェーン、脱炭素化に向けたエネルギー政策、知的所有権保護、重要な技術情報の保全などの重要性があげられている。

 興味深いのは、国家安全保障戦略のなかで「人への投資(Investing In Our People)」という節が設けられ、「もっともインパクトのある公共投資は人への投資である」とする点だ。保健医療、子育て、職業訓練、質の高い教育への投資を重視している。ふつう日本で「安全保障」でイメージされるのは、外交と防衛に加えて、せいぜい経済や科学技術までだろう。しかし、米国は、教育や保健医療などの「人への投資」まで国家安全保障の一部として語っている。日本も見習う必要がある。

 トランプ時代と異なり、同盟国との協力を強調する点も特徴的だ。対中国を強く意識しているため、米国、豪州、英国の3か国のAUKUS、米国、日本、豪州、インドの4か国のQuadも頻繁に出てくるキーワードになっている。

 米国の国家安全保障戦略上の脅威を文書に出てきた順番に並べると、1位 中国、2位 ロシア、3位 イラン、4位 北朝鮮の順だ。ウクライナ戦争の真っ最中であるにもかかわらず、ロシアよりも中国を重視している。またこれだけミサイル発射事案が続いても、北朝鮮は米国にとっては4番目の脅威でしかない。

スピーチをするバイデン米大統領=2022年9月21日、米ニューヨークスピーチをするバイデン米大統領=2022年9月21日、米ニューヨーク

QuadやAUKUS、中東を重視

 トランプ政権時代と大きく異なるのが、グローバリゼーションへの態度である。バイデン政権はグローバリゼーションの恩恵を強調し、多国間の経済的枠組みを拡大しようとしている。バイデン政権が提唱する「インド太平洋経済枠組み(Indo-Pacific Economic Framework for Prosperity)」には特に力を入れており、国家安全保障戦略に何度も出てくる。

 日本でニュースを見ていると、米国はQuad(日米豪印)やAUKUS(米豪英)を非常に重視している印象を受ける。しかし、国家安全保障戦略の文書において米国が同じように重視している枠組みとして、米国EU貿易技術評議会(U.S.-EU Trade and Technology Council)やI2-U2(米国、インド、イスラエル、UAE)というのもある。米国EU貿易技術評議会は半導体供給や技術管理を行う組織で、I2-U2は対イランを意識した「中東板Quad」のような枠組みである。

 この二つは日本ではほとんど知られていないだろう(恥ずかしながら私も知らなかった)が、米国は重視している。ウクライナにもイランにも目配りしなくてはならない米国の目をどうやって東アジアに引き付けるかも考えなくてはならないテーマだ。

 米国の「民主主義の強化(Strengthening Our Democracy)」にも1節が割かれている点が、トランプ時代の傷を修復する努力なのかもしれない。個人の尊厳や人権、法の支配、言論の自由、報道の自由などのアメリカらしい理想を掲げ、世界に自由と民主主義を広げる姿勢を示している。

 同じ節の後半は、昨年米国で初めて策定された「国内テロ対策国家戦略(National Strategy for Countering Domestic Terrorism)」にふれている。トランプ支持者による議会襲撃事件のインパクトが大きかったということだろう。外国勢力による米国の国内政治への介入も非常に警戒している。白人至上主義によるテロを外国の情報機関などが扇動する事態が、現実的脅威として認識されている。

米国の国家安全保障戦略米国の国家安全保障戦略の目次

 米国が同盟関係や多国間協力の枠組みを重視している点を再三強調しているが、国家安全保障戦略の文書に出てくる順番を見ると、

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