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フランスはなぜ最新型戦車「ルクレール」のウクライナへの供与を渋るのか?

ドイツの「レオパルド」、アメリカの「エイブラムス」に劣らぬ高性能なのに……

山口 昌子 在仏ジャーナリスト

ドイツのショルツ首相=2022年10月16日、ベルリン

 米国とドイツがウクライナに高性能の最新型戦車の供与を決めた。日本の識者には、フランスなど他のヨーロッパ諸国もウクライナに戦車を供与すると指摘する人もいるが、フランスは供与を決めていない。なぜか?

ウクライナに供与される独米の最新型戦車

 ドイツは1月25日、「苦渋の末に」(仏メディア)ショルツ首相がドイツの最新型戦車「レオパルド2A6」14両をウクライナに供与すると発表。ポーランドなど同型戦車を所有しているヨーロッパ各国に対し、同型戦車のウクライナ供与も承諾した。米国も最新型戦車「M1エイブラムス」31両のウクライナ供与を発表した。ドイツと米国が誇る最新型戦車は2月末か3月初旬にはウクライナに到着の見込みだ。

 「レオパルド」は従来の重量型戦車と比較して軽量で使い勝手が良く、性能も優れていると言われる。小回りがきき、搭載の機関銃の標的への的中率も高い。走行中に機関銃を発射してもブレないとされる。

 ヨーロッパでは同戦車を保有している国が多い。ウクライナのゼレンスキー大統領が特に名指しで「レオパルド」の供与を要求した理由もここにある。ポーランドのほかスペインや北欧などもウクライナに供与するとみられており、計139両の供与が確認されている(1月末現在)。

フランス自慢の戦車「ルクルール」

 フランスは1月末現在、ウクライナへの戦車の「供与」を発表していないが、ボルヌ首相は1月26日、戦車供与について「(供与を含めて)何も排除しない。われわれは継続的にウクライナを支援していく」と言明した。そのうえで、「ルクレール戦車に関しては、軍事相(セバスティアン・ルコルニュ)と共に(供与に関する)分析を遂行していく」と述べ、供与の可能性を全面否定はしていない。

 マクロン大統領もこれまで、自慢の最新型戦車「ルクレール」のウクライナ供与をほのめかしてきた。1月9日には小型の最新式戦車「AMX-10RC」のウクライナへの供与を表明している。

 「ルクレール」は第二次世界大戦中、ドゴール将軍率いるレジスタン軍「自由フランス」で名を馳せたルクレール(※)の偉業を称えて命名された。フランス陸軍は代々の主要新型戦車は必ず「ルクレール」と命名しており、現在の「ルクレール」も数年前に開発された最新型だ。

※レジスタンスの英雄ルクレールの本名はフィリップ・ド・オートクロック。貴族の出身。ドゴール将軍の1944年6月18日のレジスタンスの「呼びかけ」に即、応じてロンドンに渡った。当時は陸軍大尉。妻と8人の子供が危険にさらされないようにルクレールと改名した。北アフリカ戦線で活躍した後、1944年6月6日のノルマンディー上陸大作戦に参加。パリ解放の日には歓喜の人並みで埋まったシャンゼリゼ大通りをドゴール将軍と並んで先頭で行進した。

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フランスとドイツの取り組みに差異

 その一方でフランス外務省のアンヌ=クレール・ルジェンドル報道官は1月27日、「われわれはロシアと戦争中ではない。われわれの同盟国も同様だ」と述べた。ロシアが米独ら西側によるウクライナへの戦車供与を対ロシア戦とみなして非難したことに反論したかたちだ。

 報道官のこの言葉は同時に、ベアボック独外相に対しての反論でもある。独外相が「われわれはロシアとの戦争を戦っている最中であり、われわれの間で戦っているわけではなない」と述べ、「ロシアと戦争中」との認識を示したからだ。

 戦車供与問題をめぐっては、仏独の取り組み方の差異が目立つ。フランス国内では、これまで「平和主義」を標榜してきたドイツが、戦車という重兵器をウクライナに供与したことに驚くとともに、不安視する声が強い。「アメリカの言いなりになった」(仏記者)とドイツが米国の圧力に屈したとの見方もあり、仏独でリードしてきた欧州連合(EU)の結束に水を差しかねないと危惧されてもいる。

 仏独は欧州連合条約の基盤ともいうべき仏独協力条約(通称エリゼ条約)60周年を記念して、1月22日に首脳会談や合同閣議を開くなど、二国の結束を改めて誓いあったばかりだ。それだけに「ドイツのアメリカ寄り」が許せないとの思いがあるのだろう。

DesignRage/shutterstock.com

フランスが供与を渋るいくつかの理由

 フランスが戦車供与を渋る理由はいくつかある。

車両数が足りない

 まずは「お家の事情」だ。フランスの各種メディアによると、1990年代の戦車数は1500両だったが、湾岸戦争後の軍事装備費削減計画によって2000年代初頭には「ルクレール」は約400両まで激減。くわえて「現在は222両が使用可能」(経済紙『レゼコー』)だという。メンテナンスや故障などで使用可能の数はさらに減るとされ、ウクライナに供与したら、いざ、という時にフランス本国の防備が手薄になってしまう。

 フランスは昨年2月24日のウクライナ戦争勃発直後に、NATOの枠組みで400人をルーマニア(NATО加盟国)に派兵し、現在は500人を配備している。昨年10月には「ルクレール」(数量に関しては未発表だが、1両程度とみられている)も配備した。

 フランスの軍事筋によると、ウクライナ軍がロシア軍と十全に戦うためには、最新型戦車300両以上が必要だ。一部専門家は「1000両」という数字も挙げる。フランスが数両の戦車を供与したところで、「焼石に水」(仏記者)という見方もある。

 戦車の輸送には「大輸送作戦」が必要だ。「ルクレール」の場合、重量が約100トンあるので、フランスからルーマニアに配備した時は1週間以上かかったという。ロシアは戦車輸送中の列車へのミサイル攻撃を発表しているので、目的地の激戦地に無事、到着できるかの危惧もある。

操縦が複雑で長期訓練が必要

 性能が非常に良い「ルクレール」は、操縦が複雑なため、長期の訓練が必要という事情もある。なにしろ、ウクライナ軍がいま使用している戦車はロシア軍の旧型戦車で、装備があまりに違う。

 ただ、「訓練が必要」というのは、「エイブラムス」「レオポルド」も同様のようだ。米国防総省のナンバースリーであるコリン・カールはフランスの通信社・AFPのインタビューの中で、「『エイブラムス』に搭載されているのは最新型戦闘機と同様のエンジン」と指摘、ウクライナに最新型戦車が供与されても「操縦をマスターするのに時間がかかる。少なくとも2カ月は必要だ」と操縦の困難さを強調した。

 「エイブラムス」や「レオポルド」がウクライナの西部リヴィヴに到着するのは2月末か3月初旬。その頃には訓練がちょうど終わるので、ぎりぎり間に合いはするものの、綱渡り的な作業なのは確かだ。

政治、外交の問題

 なにより、フランスが供与に踏み切らない最大の理由は「政治、外交問題」(仏外交筋)だ。国内では、フランスが戦車供与によって、ウクライナ戦争に本格的関与することになりかねないとの危惧がある。加えて、野党の極左政党・非服従のフランスや共産党の議員からは、

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