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日本のエレクトロニクス研究はここまで凋落した

高橋真理子 ジャーナリスト、元朝日新聞科学コーディネーター

 エレクトロニクス分野の論文数で2006年に中国に抜かれた日本が、08年には台湾、韓国にも抜かれ、東アジア4位となったことが、米国の電気電子技術者協会(IEEE)が発行する文献を分析した科学技術政策研究所の最新の成果でわかった。ビジネスで抜かれたのだから、論文数で抜かれるのも自然の成り行きなのかもしれないが、いささかのショックは禁じ得ない。「電子立国日本」は寿命が尽きたのだろうか。

 工学分野で世界の文献の約3分の1を出版するIEEEは、電気電子・情報通信に関連した幅広い領域をカバーしている。科学技術政策研の科学技術動向研究センター上席研究官白川展之さんは、1980年から2008年までにIEEEが出版した定期刊行物(雑誌)に載った論文と、国際学会で発表された報告を分析し、11月24日の政策研のセミナーで発表した。

 何と言っても目立つのは、2000年代に入ってからの中国の急進ぶりだ。会議報告数では、中国で開く学会が急増した影響もあり、ついに2008年に米国を抜いて世界一となった。中国での学会には日本からの参加も多く、会議報告数では日本は中国、米国に次ぐ3位を保っている。

IEEE刊行物の論文数のシェア(出典:科学技術政策研究所 調査資料 No.194)

 しかし、IEEEの雑誌に掲載された論文を見ると、米国の圧倒的優位はゆるぎない。2000年以降うなぎ登りに数を増やしている中国は、06年に日本を抜き去ったものの、まだ米国の3分の1以下の論文数だ。日本は、80年代は断トツの2位だった。論文数はほぼ横ばいで推移したが、着実に論文数を伸ばしてきている台湾、韓国についに追い抜かれた

 全体のシェアを見ると、東アジア勢の躍進により、さすがの米国も急降下している。80年代前半は60%近かったが、右肩下がりで30%まで落ちてきた。EUは徐々に増やしており、北米、欧州、アジアがほぼ拮抗する3極構造になっている。

 日本にとって気になるのは、論文数の相対的低下だけではない。日本だけが世界の研究トレンドからはずれてきているのがデータから示されている。流行に惑わされないといえば聞こえはいいが、世界の動きを無視して好きなことだけ研究しているともいえる。

 さまざまな研究テーマを領域ごとにまとめて論文数の増減を見ると、時代による変化がはっきりわかる。世界全体で見ると、80年代前半は核・プラズマ科学が多かった。後半から90年代にかけては磁気学や電子デバイス分野がトップに躍り出る。90年代中ごろから2000年にかけては、フォトニクス、コンピューター、通信が台頭。2002年以降はコンピューター、通信、信号処理が急増している。

 ところが、日本は一貫して磁気学、超伝導、ロボティクスといった領域の論文数が多く、長期にわたって安定している。世界の研究トレンドと国ごとの研究トレンドを数値処理して比較してみると、存在感の大きい米国が世界トレンドとほぼ一致するのは当然として、カナダも中国も台湾も、年とともに世界トレンドに近づいているのに、日本だけが90年代以降どんどん離れていっている。

 情報通信革命が進み、いまやワイヤレスネットワークの時代になっている。世界ではコンピューターや通信の研究が盛んにされているのに、日本ではその分野が増える傾向が見えない。日本だけが独自の世界に閉じこもる「ガラパゴス化」が工学研究の世界でも起きている。

IEEE刊行物に発表した論文数

 なぜなのか。それは、論文生産の主役が企業から大学に移ってきたことと無縁ではなさそうだ。92年は企業からの論文が約6割をしめていたが、2007年になると25%に減り、大学が58%に増えた。残りは公的研究機関だ。1995年に科学技術基本法ができ、大学の研究力強化が目指されてきた結果、論文生産の主役は企業から大学へと交代したのである。

 論文をコンスタントに出す大学の数は増え、大学全体の論文数も大きく増えてきたが、増加したのは超伝導など特定の領域に特化している。大学は、企業ほどには世界の動きを気にしないのだろう。「日本の研究トレンドは、かつての産業構造を色濃く繁栄している。まるで、企業の研究者が大学に移動して同じ研究を続けているように見える領域もある」と白川さんは指摘する。

 グローバルな競争にさらされ、日本の半導体産業は疲弊し、時代の要請にマッチする形で多くの技術者が大学に移った。しかし、そこで昔ながらの研究を続けているのでは、「電子立国日本」の寿命は早晩尽きるといわざるをえない。いや、すでに尽きているのか。

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