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アフリカの住民と歩むポレポレ流自然保護

山極寿一 京都大学総長、ゴリラ研究者

 久しぶりにコンゴ民主共和国を訪れた。ここは私が34年前にゴリラの調査を始めたところだが、90年代から政治情勢が悪くなったために長期滞在ができなくなった。隣国から大量の難民が流れ込み、内戦が起こってゴリラのすむ森は焼き払われた。そこで、私は現地の人々と協力してポレポレ基金というNGOを立ち上げ、法律の力が及ばない状況下でなんとかゴリラと人との共生を模索してきた。このたび、そのNGO活動が20年目の節目を迎え、その記念式典(写真=ポレポレ基金提供)が開かれたのである。

 ポレポレとは、現地のスワヒリ語で「ゆっくり」という意味である。成果をあせらず、現地に適した歩調で進もうと思ったからだ。ふつう発展途上国の自然保護活動は、先進国の資金援助と技術移転によって行われる。保護の理念に精通したエキスパートが派遣されてきて、現地のアシスタントを教育し、徐々に賛同者を増やしながら環境教育や植樹運動などを実施する。しかし、先進国からの援助が途絶えると保護活動も著しく減退する。ポレポレ基金は、その反省にもとづき、あえて先進国の指導を仰がず、地元主導の自然保護活動を目指した。そのため、成果をあせって自滅しないように心がけたのだ。

 なぜ、そこまで地元主導にこだわったかというと、野生ゴリラの研究の先駆者でアメリカ人のダイアン・フォッシー博士が、1985年に隣国のルワンダで殺害された事件があったからだ。私は1980年代前半にフォッシー博士の指導を受けてゴリラの調査をした。フォッシー博士は野生のゴリラと初めて親しくつき合うようになった人間で、多くの研究成果を上げたが、ゴリラを保護するために地元住民と激しく対立した。

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