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ブランドとしてのノーベル賞

北野宏明

北野宏明 ソニーコンピュータサイエンス研究所代表取締役社長

 ノーベル賞は、現在のところ、ある意味で究極のブランドである。1901年から続くこの賞は、科学分野で最初の国際的な賞であったことと、賞金が当時としてはきわめて大きな額だったことよって世界中の注目を浴びることになった。

 その後、1世紀を超えてその名声を維持しているのは特筆するべきことである。なぜ、ノーベル賞はブランド力を維持し続けることができたのか?

 一つには受賞者の選択にあたって、それほど大きな間違いをしてこなかったことがあるだろう。もちろん1949年、ロボトミー手術を開発したA・E・モニスに医学生理学賞を贈ったものの、後年、ロボトミー手術が完全に否定された、というような例外はある。だが、ほとんどの選考は納得がいく選択であったといえる。もちろん、1回に3人までという制約から4人目の候補者とその関係者には納得がいかない場面もあったのではないかとは思うが、これはノーベルの遺言なのだからやむをえまい。

 もう一つの理由は、アルフレッド・ノーベルの遺言に従って設定された分野から闇雲に対象分野を増やさなかったという点がある。いわゆるノーベル経済学賞は、正式には、アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞であり、ノーベル賞ではない。いろいろな経緯から、ノーベル賞に便乗している別の賞と考えるのが正しいし、この賞がノーベル賞の権威にマイナス効果をもたらしていると考える人も多い。

 2000年ごろにノーベル賞に情報科学部門ができるという噂がまことしやかに流されたことがある。ノーベル賞の弱点は、それが19世紀終盤に構想された賞であるがゆえに、情報科学などの20世紀になって生み出された分野に対応できていないという点がある。だから、この噂は一定の信憑性があったのだが、少しして、最初の受賞者はビル・ゲーツであるという尾ひれがついてきたことで、一気に興味がそがれてしまった。仮に情報科学分野の賞が創設されたとしても、その選考の質が保証されなければノーベル賞のブランドを毀損することになる。創設しなかったのは正解であろう(そもそも、根も葉もない話だったのかもしれない)。

 もっとも、ノーベル財団が、ノーベルの遺言に正確に従っている訳でもない。正確には「その前年度の業績」に対して与えられることになっているが、実際には、その仕事が成し遂げられてから数年から数十年後に贈られている。

 そういう意味では、選考にあたって大きな制約となっている「3人まで」という枠を取り外すということも考えるべきであろう。

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