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iPSだけでなく、倫理の世界基準も日本発で

米本昌平 東京大学教養学部客員教授(科学史・科学論)

 山中伸弥京都大学教授が、ノーベル医学生理学賞を受賞された。心からお祝い申し上げる。山中教授のノーベル賞受賞は当然視されていたが、マウスのiPS細胞作成が2006年、ヒトiPS細胞作成が翌07年であるから、非常に早い受賞である。ただし、同時に受賞したのがイギリスのJ・ガードン博士であり、この研究が1962年にアフリカツメガエルのオタマジャクシの小腸上皮の核を卵に移植したクローンの作成であることを考えると、ノーベル賞委員会による業績評価の論理がみえてくる。

 ガードンによって初めて、脊椎動物における細胞の核の全能性が実証され、山中博士は哺乳類における体細胞の初期化(リプログラミング)の手法を発見し、確立したからである。この論法からすると結果的に、1996年に哺乳類で核の全能性を初めて実証したウィルムット博士、言い換えれば、史上初めて哺乳類でクローン個体(クローン羊ドリー)を誕生させたウィルムット博士が受賞する機会は、かぎりなく小さくなった。

 日本ではほとんど問題にされないが、ノーベル賞委員会はようやく2年前に医学生理学賞を、体外受精技術を確立させたR・エドワーズ博士に授与したことを併せて考えてみると、やはり、カトリック教会の影響力は無視できないと言わざるをえない。受賞時のエドワーズ博士はインタビューに応じられないほどの高齢で、共同研究者のステプトウ医師はすでに死去していた。生者に与えるという規準ぎりぎりの受賞であり、これに対してすら、バチカンの責任者は、意味のない受賞だ、と非難したのである。

 その根源は、キリスト教が、人間の誕生の過程を教義の正しさの中心に置いているからである。神の恩寵によって、男女の間に愛が生まれ、祝福を受けて結婚し、セックスをして子が生まれてくる。この一連の過程に人為的に介入することは教義に反し、たとえば避妊具の使用も禁止される。だから男女の間のセックスを介さない子づくりにつながる、体外受精のノーベル賞授与は、試験管内での受精成功から40年以上棚上げにされたし、クローン羊ドリーの成功の報は、欧米社会においては涜神的な意味を帯びた技術の開発だとして大論争が巻き起こった。

 このことは、いま研究に拍車がかかっている再生医療の倫理問題にも直結してくる。

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