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「説明」と小林秀雄について思ったこと

内村直之 科学ジャーナリスト

科学についての文章を新聞や雑誌に書き続けてきて、このごろ「説明」ということを改めて考えている。説明とは、実は大変に幅広く、多様であり、その方向性さえもかなり違う場合がある。

 自然科学の研究者に説明を求めてみよう。たとえば、いろいろな研究のプレスリリースに見られるように、多くはメカニズムの説明だ。遺伝子的に、分子的に、素粒子的に……どういう「役者」がどういう「プロット」でどういう「芝居」を見せるのか、そして(取ってつけたように)どういう「役に立つ」のかを描写してみせている場合が多いだろう。私たち、科学記者は、その「説明」を、さらに普通の人に「分かりやすいように」当たらずといえども遠からぬ比喩を使ったり、社会的影響を考えてみたりして、その内容を噛み砕き続けてきた。書いている自分自身「どうも腑に落ちないなあ」と思いながらも、付け焼刃で知ったかぶりをする場合も少なくなかったことを告白する。

 実は、「わかる・理解する」とか「説明する」というのは、科学という文脈のなかで相当な「大仕事」なのだ。科学哲学者の書いた本を見ると、

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