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ポスト京都は、イギリスの行き方に注目しよう (上)

小林光 東京大学教養学部客員教授(環境経済政策)

 論者なども担当の一員を務めた京都議定書の国際交渉では、イギリスが、議長国の日本とEUの間に立ち、また、EUと米国との間に立って、交渉が成就することに向けて汗を流していたことが強く印象に残った。ポスト京都の国際交渉が佳境を迎えた昨今も、また、イギリスから目が離せない。

括目すべき、イギリスの腰の据わった国内政策

 先年11月末にワルシャワで開かれた気候変動枠組み条約の締約国会議(COP19)では、COP20に向けた道のりの整理や顕わになってきた温暖化被害への国際的な対処などが議論された。併せて、先進各国それぞれの2020年までの取組みへの上積み対策(「野心の向上」と言われる。)の表明や2020年以降の温室効果ガス削減に関する目標の提示なども行われた。

英国では洋上風力の建設にも力を入れ始めた。英国中西部で。(朝日新聞社)

 特に、日本は、2011年の東日本大震災に伴う原発停止を受けて、エネルギー・環境政策が停滞していたため、震災前の鳩山首相による目標の提示(90年比25%削減)以来これまでの長い間、まさに国際交渉の対象となっている2020年以降の目標に関して何も発言してこなかったところ、このCOP19では、現時点での目標を示したことで(尊敬は集めなかったが)一定の注目を集めた。ちなみに、我が国が表明した目標は、2005年実績比で3.8%減(枠組み条約や京都議定書で基準とされる1990年の実績比では3.1%増。京都議定書目標達成計画上の温室効果ガス排出量の目標と比べては、約3.6%の増)であって、これらの数字から想定されるように、多くの国々の失望を誘った。日本政府側の説明では、この目標は、今後とも原子力発電からの電力供給が見込めない場合を仮定した現時点のいわば暫定的なものであるが、それでも、総エネルギー消費といった面では、精一杯の削減をするものであるとのことである。

 EUもこの目標発表に遺憾の意を表明したが、イギリスは、エネルギー・気候変動相のディヴィー大臣名で単独にも遺憾の意を表し、近い将来での、より意欲的なものへの改定を促した。

 わざわざ日本に単独でも苦言を呈する、そうしたイギリスは、では、その国内においてどのような努力をしているのだろうか。実は、以下に見るように、斬新な対策が目白押しなのである。

 例えば、世界最大の洋上風力発電所は、イギリスにある。昨年7月に首相臨席の下で運転開始が宣言されたザ・ロンドン・アレイ(ケント州)の洋上風力発電所は、1つが3.6MWものタービン175基の、全体で630MWの能力を持ち、文句なしの世界一である。ちなみに、この洋上発電所によって約50万世帯分の電力が賄えると言われる。2010年頃の世界一はこの半分の300MW級(同じくイギリスのターネット)であったから、この分野の成長は極めて急速であるとも言える。

 風力発電はほんの一例に過ぎない。このような強い力の入れ方の背景には、2008年に制定された気候変動法がある。この法律は、2008年から2027年までの5年間毎の合計の温室効果ガス排出量に上限を定めていて、その上限内に排出量が収まるように政策を立案し、運営することを政府に義務付けている。

 この第一期が2012年に終わったが、その目標が達成されたことが先ごろ、担当するディヴィー大臣(エネルギー・気候変動相)から発表された。ちなみに、第一期の目標は3018百万トン(CO2換算)であって、枠組み条約や京都議定書の基準となる1990年のレベルに比べるとおよそ22%程度も少ない。90年レベル比で言えば、2023~2027年の第四期には約50%の削減(2008年からの第一期比では約35%削減)に持ち込むのがこの法律の最終目標である(究極的な目標は2050年に80%削減)。究極目標は、日本も、2度にわたる政権交代前後を通じてコミットしているが、しかし、その道筋に関して、しっかりと、しかも相当に厳しい目標を設けていることには率直に言って頭が下がる。ジョンブル魂の発露とも言えよう。

 この法律では、(1)上述の排出量上限の設定や運営に加え、国家戦略を定めて取り組むこと、(2)エネルギー消費量を削減すること、(3)エネルギー効率改善に関する支援策を進めること、(4)低炭素技術に積極的に投資すること、(5)官民各組織体の排出量を見える化すること、(6)国際的にも行動すること、という柱を設けている。以下では、その中のいくつかを取り上げ、日本にとっても参考となる点を見ていこう。

住宅部門にもエネルギー消費削減を求める強い政策

 論者は、かねてから住宅、事務所や商店などの民生部門の環境対策に関心を寄せ、また、自分で可能な対策は実践してもきた。そうした眼から見ると、イギリスの政策は、正直、敬意を払うに値するものである。
具体的には、既設の住宅などの省エネ性能に対する厳しい規制とその達成の方途のパッケージングであって、上述の政策の柱の2番目、3番目の好例である。

 日本であれ欧州であれ、環境性能に劣る上、住宅ストックに占める割合が大きいのが賃貸である。つまり、賃貸住宅対策が大きな鍵である。イギリスでは、省エネ性能を住み手に分かりやすく実感してもらうために、大家などは標準光熱費を提示することが既に義務づけられている。断熱性のQ値(あるいは躯体の断熱性能に絞ったU値)すら、我が国では、大規模な集合住宅においてのみ義務付けられているに過ぎず、それでも幸いに、その値を住み手が聞かされることになったとしても何の実感も湧かないだろう。

 性能を、標準的な暮らしをする家族が支払う光熱費に置き換えて示すのはとても効果が高い方法である。我が国で、不動産契約に際しての重要事項説明に際してそのようなことが行われれば本当にすばらしいなあ、と思うが、それは夢のまた夢と言わざるを得ない。

 それに加え、2016年4月以降は、賃貸住宅の大家は、住み手側からの省エネ性能要求を、後で述べるグリーンディールの仕組みを利用できるのであれば、拒めないことになっている。さらに厳しいのは、2018年4月以降、省エネ性能の劣った住宅(省エネ等級がEランクに満たないもので、現状では、約68万戸に及ぶと言う。)は、賃貸に供してはいけなくなる。新築住宅の規制ならともかくも、既築の住宅に関し、こんなに厳しい規制を加えることは、日本では、これまた夢のまた夢であろう。私有財産の自由を認める同じ市場主義の国なのに、彼我には大きな違いがある。

 余談だが、今回の日本の削減目標は、日本の経済に自信がなく、 環境政策が、今ある経済に影響を与えないようにと考えて作ったぎりぎりの目標であるように論者には思われる。しかし、環境保全を避けて通り、 チャレンジをしない方が、果たして経済は発展するのだろうか。世界の経済の発展のトレンドに積極的に掉さすイギリスのような行き方を、自信を もって主張できる日本へと、誇りや勢いを取り戻してほしい、と切に願う昨今である。少なくとも、日本の労働力人口の大きさは、三丁目の夕陽 の、高度成長期に比べて決して見劣りはしないのだから、問題は、力の使い方、向け方に関する確信の欠如(あるいは過去の成功モデルへの執着) にあるように思えてならない。

 英国のこのような厳しい規制の背景には、実は、また大胆な支援策の存在がある。それがグリーンディールである。この仕組みは、簡単に言えば家庭版のESCO(エナジー・セイヴィング・カンパニーの略。)である。ESCOとは、省エネ投資を代行し、従前に払っていたエネルギー費用の範囲内の支払いの中で省エネ投資の費用も回収していくビジネスモデルであるが、イギリスのグリーンディールでは、家庭の初期投資なく省エネ改修をするというだけでない、もう一工夫がなされている。

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