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STAP幕引き:科学の信頼は取り戻されたのか

「ない」と断言することはできないと言い続けた科学者たちがもたらしたもの

高橋真理子 ジャーナリスト、元朝日新聞科学コーディネーター

 STAP騒動に幕がおりた。STAP細胞はなかった、というのが結論である。最初に華々しく発表した論文は、すべて間違いだった。写真を取り違えたとか、ちょっとした勘違いといったレベルの話ではない。どうしてそんな大間違いが起きたのか。わざとやったのか。そこは「決め手が得られない」という理由からヤブの中である。ただし、小保方晴子氏は「懲戒解雇に相当する」との判断を理化学研究所は2月10日に公表した。すでに理研を辞めているので何の効力もない判断だが、世間へのけじめとして示したのだろう。日本初の劇場型科学スキャンダルの幕は、観客の目を意識しつつおろされた。

 この騒動は、笹井芳樹氏の自殺という痛ましい事件を引き起こした。報道界に身を置く者として何とも後味が悪く、正直に告白すると「もうSTAPは語りたくない」と思っていた。だが、理研による幕引きがあった以上、ここで騒動を振り返っておくべきだと考え直した。

 お酢につけるだけで細胞が初期化できるという研究成果が新聞各紙の一面に掲載されたのは2014年1月30日付け朝刊である。テレビでも大々的に報道された。その後、STAP細胞の存在を報告したネイチャー論文に疑義があるとわかり、当初のマスコミ報道も批判にさらされた。

 ただ、発表の時点で論文の不正を見抜けと言われても、それは無理な注文だと思う。そして、「若い女性研究者だからといって大きく取り上げるのはおかしい」という意見に対しては、「現実に人々がそこに注目する以上、注目度に応じた取り上げ方になる」と反論したい。

 しかし、人々の注目度は科学報道に携わってきた私たちの想像をはるかに超えて大きくなった。とくに驚いたのは、小保方氏が「不勉強、不注意、未熟さ」を謝る記者会見を開いたあとの小保方擁護論の高まりだ。それは理研悪者論とセットになって、お茶の間で、あるいは職場や居酒屋で熱く語られた。

 その世論の高まりが、政治家や文科省を動かし、理研を右往左往させた面は否めない。論文の疑義に関する調査委員会(石井俊輔委員長)が、小保方氏に二つの点で研究不正があったと認定する最終報告を発表したのは4月1日。これに対して小保方氏が不服を申し立て、その審査結果が発表されたのが5月8日だ。申し立ては却下されたのだが、「小保方氏に実験をやらせるべきだ」という声は大きくなった。ついには下村文科大臣も小保方氏の実験参加を求めた。

 「研究不正再発防止のための改革委員会」(岸輝雄委員長)が6月12日に発表した提言書でも、「STAPがあるのかないのか、はっきりさせるべき」という世論を意識したのだろう。「STAP現象の有無を明らかにするため、科学的に正しい再現実験を行うこと」という文言が盛り込まれ、科学的に正しい再現実験とは「小保方氏自身が、熟練した研究者が監視役として同席したうえで行う」ことだと主張した。結局、理研はこの提言を受け入れる。

 研究者たちの中からは「そんなことをしても無駄だ」という声が上がったが、理研は改造費をかけて特別な実験室を作ってまで進める決断をした。世論(あるいは文科大臣)を納得させるには、小保方氏に実験をしてもらうしかないという判断があったと思われる。

 そして、

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