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批判にひるまず自らの主張を貫いた長瀧重信さん

放射線の健康影響問題をライフワークとし、戦い続ける最中に急逝

高橋真理子 ジャーナリスト、元朝日新聞科学コーディネーター

 長瀧重信さんが11月12日に急逝した。来客に備えて自宅で身支度しているときに急に椅子に倒れ込み、救急搬送したものの胸部動脈瘤破裂のため帰らぬ人となった。84歳だった。

2012年に叙勲したときに家族とともに撮影した写真=遺族提供

 東京大学医学部を卒業して1980年に長崎大学医学部第一内科教授となり、原爆被爆者の治療や調査に当たった。チェルノブイリ事故では、日本財団がソ連政府から依頼されて1990年に立ち上げたチェルノブイリ笹川プロジェクトに甲状腺の専門家として参加。そこで多数の子どもの甲状腺がん患者を目の当たりにし、果たして事故の影響なのか議論があった中で、調査データを元に国際的な科学者コミュニティーが「被ばくによって小児甲状腺がんが増えた」と合意するまで議論を主導した。

 福島原発事故が起きると、首相官邸の要請を受けて「原子力災害専門家グループ」(8人)に入り、ここで「座長のような役割」(福山哲郎官房副長官=当時)を果たした。現在も首相官邸のホームページにはグループメンバーが事故後まもない4月7日から公表したコメントが掲載されている。

 長瀧さんの主張は一貫していた。「放射線影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)」の報告が国際的に合意された「科学的事実=サイエンス」であること、それによると100ミリシーベルト以下の影響は認められない、つまり、あるかないか分からないこと、他方、「放射線防護の考え方=ポリシー」としては放射線被ばくは少なければ少ないほど良いとされていること、サイエンスとポリシーを混同してはいけないこと。このことを事故直後から繰り返し主張し続けた。

 朝日新聞にも何度もコメントが掲載された。例えば3月17日夕刊。

<長瀧重信・長崎大名誉教授(被曝〈ひばく〉医療)の話> 数字だけに翻弄(ほんろう)されてパニックになるのではなく、まず状況を把握することが大切。自治体などが発表する放射線量は1時間あたりの値で、実際の被曝線量はそこで過ごした時間を掛け合わせて決まる。一般の人が1年間に浴びることのできる限度は1ミリシーベルトだが、浴びない人に比べて将来がんになる確率が0.01%高くなるという値。これを危ないと見るか、冷静に判断してほしい。

 3月23日夕刊。

長瀧重信・長崎大名誉教授(被曝医療)は「チェルノブイリ事故で住民は、セシウムで汚染された食品をかなり食べていたが、体への影響は確認されておらず、心配しすぎてはいけない」と話している。

 3月25日朝刊。

長瀧重信・長崎大名誉教授(被曝医療)は「チェルノブイリ原発事故後でも小児甲状腺がん以外の健康影響は認められず、すぐに健康を害するとは考えにくい。高い汚染が見つかった地域では、データをもとに行政と住民が十分に話し合って対応を考えてほしい」と話している。

 しかし、これらが「権威をかさに低線量被ばくは心配不要という見方を押しつけている」と受け止められ、一部の人たちから「政府と東電にとって都合の良い主張をする御用学者だ」と容赦ない指弾を受けた。科学論の立場から批判の先頭に立ったのが宗教学者の島薗進・東大教授(当時)だった。しかし、批判を記した2012年1月3日公表のブログ文を改めて読むと、「見当違い」という印象を持たざるをえない。

 このブログ文は主に「医学のあゆみ」(2011年12月3日)の「原発事故の健康リスクとリスク・コミュニケーション」という長瀧論文を批判するものだ。UNSCEAR報告を国際的に合意された科学的事実としていることに対し、「科学に『合意』などあるのだろうか」「自由な学問・言論を封殺しようとするものではないだろうか」と批判する。「国連の委員会に顔を出すのは国家が選び、そのときの政府がよしとする科学者である」「他の科学分野で国連委員会が権威をもつ例などあるか?それぞれに科学者が構成する国際学会があり自由な討議を行い合意など求めない」とも書く。

 普通の科学が国連と関係がないのは当たり前である。相対性理論が正しいかどうかなどを国連で議論するわけがない。放射線の健康影響評価は

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