メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

美術館で医師教育をする意義

医療機器の発達で見過ごされる「医師の本当のスキル」をつけさせるハーバード大の試み

北原秀治 東京女子医科大学特任准教授(先端工学外科学)

 いつのまにか集中治療室にある患者管理用モニターは、その場にいなくてもiPadで受信できるようになった。レントゲンなどの画像情報はデジタル化され、見たい部分が自由にパソコンで拡大できるようになった。手術中の患者の脈拍、血圧、体温を数分ごとに手書きで記録しながらその状態を把握していたのももう10年以上前の話、現在はすべて自動記録である。さらに手術はロボット化され始め、実際に患者に触れない状態で行なえるようになってきた。こうして、どんな人間の感覚よりも細かい情報を提供してくれる医療機器に慣れてしまった現代の医師たちは、自分の五感を使って患者の状態を診るという能力が低下してしまっているのではないか。そこに一石を投じようとする教育プログラムがハーバード大学医学部にある。博物館や美術館に出かけて、芸術作品に描かれた人物の健康状態を「診察」するというユニークなものだ。

芸術作品の人物を視覚情報だけで「診断」

 「Museum Studies」という教育プログラムは、医療がハイテク化する中で医師の診療技量を機器側から人間側に戻そうとするものだ。筆者はこのプログラムを医師や教員に広めるためのワークショップに参加する機会を得た。

ジョン・シングルトン・コプリー作「ワトソンとサメ」=パブリック・ドメイン

 この教育プログラムのポイントの第一は、検査データ抜きに視覚から得られる情報のみで診断する技術を磨くところだ。具体的には、芸術作品に描かれた人物の当時の健康状態、心理状態について、医学生、もしくは若手の医師が話し合って、判断していく。実際に教材として使われているジョン・シングルトン・コプリー作「ワトソンとサメ」においては、水中にいる人物の健康状態(外傷の有無、体温低下、窒息状態など)、そしてその船上の人々が感じる死の恐怖を推察する。芸術作品は、時に教科書以上に病気や死について語りかけてくることがあると美術館の医学教育担当者は言う。

 ポイントの第二は、

・・・ログインして読む
(残り:約1669文字/本文:約2463文字)