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続・将棋ソフト「カンニング疑惑」のインパクト

性善説では対処できない、「ひたすら禁止」でも先がない

下條信輔 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

 プロ将棋の「スマホカンニング疑惑」。第三者委員会から「証拠なし」とする報告が出たが、棋士の間には疑心暗鬼があったのでは、というところまで書いた。

 蔓延した疑心暗鬼を土壌に噂が広まり、少数の棋士がターゲットになると、仲間内で口に出しただけでも、この疑惑にコミット(関与)することになる。メディアの取材に応じたりすればなおさらだ。するとどんな些細なことも不正を暗示するように見えてしまう。

 ある信念に対してコミットメントが深いと、同じ「証拠」も違って見える。これは認知心理学の常識だ。新たな証拠は(客観的には反証であっても)それまでの信念を固める方向にしか働かない。

対局中に席を離れる動きに、疑心暗鬼が広がったが……
 「(問題の局面で)30分以上の離席」という相手棋士の証言が錯覚だったことがわかった(報告書)。「普通では考えられない」錯覚だが、逆に普通の心理ではなかったとも言える。前稿で引用した「一流棋士は対戦相手のちょっとした動揺も見逃さない。おそら く当事者からすれば『疑惑』ではなく『確信』に近いものがあったのでは」という橋本崇載八段の指摘も、そういう文脈で捉え返すことができる。(もちろん三浦弘行九段以外の少数棋士が本当に不正をしていた可能性も、否定はできない。だとすれば余計に「確信度」は高まっただろう。)

確率の錯覚?

 さらにもう一点、プロ棋士たちは天才頭脳集団だが、統計学や確率論に必ずしも明るくはない。それが「証拠」の解釈をさらに偏らせた可能性がある。

 第三者委は、棋士と将棋ソフトとの指し手の一致率(不正の根拠 3)についても分析している。疑わしいとされた対局を中心に「10回のうち何回、指し手が一致するか」を調べた。だが結果は分析ごとにばらつき、同程度の一致率は他の棋士でも認められた。また「プロなら指せる手で、自力によるとしても不自然ではない」という他棋士の証言もあり、「不正を認定する根拠に用いることは著しく困難」と判断した。このあたり、読者の中にも「?」となった人がいるかも知れない。

 筆者はこの件に興味を惹かれ、自分で簡単な数値シミュレーションを行ってみた。

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