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続・偽情報が「偽」にならない現代ネット社会

情報がモンスター化する潜在心理の土壌

下條信輔 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

 引き続き、実体と情報の関係を整理しよう。

 実体と情報の関係が変化した。

 1)(本来なら)自分の感覚で直接確認できるものだけが「実体」だった。実体=事件の「物理的な」実体なのではない。むしろ目撃者や当事者によって知覚され「認知的に構成された」ものだけが実体を成し、情報の「正しさ」を保証した。それが今や偽情報も直接「感覚で体験」できるようになってしまった。映像技術、とりわけAR(拡張現実)やVR(仮想現実)技術がボーダレス化に貢献した。

 2)(本来なら)直接体感したものだけが、情動効果の強さにおいて別格のはずだった。それが今や情動効果さえ情報技術で誇張されるようになった。偽情報でも情動効果には即効性があり、一度脳に刻まれると持続してしまう。

 3)(本来なら)情報の真偽には天地ほどの価値の違いがあった。それが今や「アクセス数至上主義」によって価値がほとんど逆転した。

 4)(本来なら)偽情報はすぐバレた。それが今や、情報拡散の仕組みが複雑化することで見えにくくなり、端的に「ブラックボックス化」が起きた( 本欄拙稿『ブラックボックス化する現代社会』)。

 5)(本来なら)実体のみがリアルで持続的な経済効果を持つはずだった。それが今や、むしろ偽情報を乱発する方が(世論・顧客誘導という意味では)「コストパーフォーマンスが良い」事態になった。

 繰り返すが、真偽のほどは本質的ではない。むしろそういう情報を受け入れ、増幅し、拡散する潜在心理の土壌があったこと(つまり人々の間に潜在的な「シェアド・リアリティ」があったこと)。これこそが重要なのだ。

情報の「真偽」を決めるもの

 かくしてネット社会で情報の真偽は、重要でなくなってしまった。だがこの話(真偽のボーダーレス化)には、まだ先がある。「重要でなくなった」という以上の、もっと積極的な心理作用が働くからだ。今述べた「潜在心理の土壌」がどう社会的に作用するかという話だ。

 偽情報が拡散すると、それは実体=真なる事象へといわば「跳ね返る」。

 本欄でプロ将棋の「スマホカンニング疑惑事件」について、「将棋ソフトの脅威から棋士間に疑心暗鬼が芽生え......」と書いた(『将棋ソフト「カンニング疑惑」のインパクト 』)。ある棋士が「不正をしているのでは」という評判が広がると、(偽情報だったとしても)周囲は疑いの目で見る。すると当人の何げない行動までが「不正」の証拠として受け取られてしまう。認知心理学でいう「サンプリングバイアス」だ。

カンニング疑惑事件で将棋界は揺れた
 ここで肝心なのは、
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