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またもや研究不正に揺れた一年

東大分生研で判明した「捏造」「改ざん」

浅井文和 日本医学ジャーナリスト協会会長

 東京大学は12月25日、分子細胞生物学研究所(分生研)の渡辺嘉典教授らが執筆した論文に研究不正があったと認定した問題で、分生研の組織の抜本的な見直しを含む再発防止策を発表した。渡辺教授ら関係者の懲戒処分については調査・審議中という。

 この数年、日本の医学界・生物学界は相次ぐ研究不正問題への対応に追われている。2013年、製薬大手ノバルティスの高血圧治療薬ディオバンに関する臨床研究論文について京都府立医科大学などの調査で不正なデータ操作が判明した。2014年にはSTAP細胞の論文について理化学研究所の調査で「捏造(ねつぞう)」「改ざん」が認定された。さらに同年、東京大学分子細胞生物学研究所(分生研)の別の元教授らの論文33本について東大の調査で捏造・改ざんが認定された

 今年はディオバン研究不正問題に関する薬事法違反(虚偽記述・広告)事件で東京地裁の判決が出るなど、問題が根深いことを示した年だった。一方で、ディオバン研究不正問題で課題になった研究の質の確保、被験者保護、製薬企業と研究者の利益相反への対応として新たに臨床研究法が制定され、来年の施行に向けて動き出している。

東大分生研で研究不正を認定

 8月1日に東大が調査結果を発表した研究不正は深刻な問題と言わざるをえない。分生研の渡辺教授らが執筆し国際的な科学誌に掲載された論文5本について画像の捏造や改ざんがあったと認定した。12月25日に発表された東大の追加調査では渡辺教授らの他の論文9本について不正行為は認められなかった。

相次ぐ研究不正が東大への評価も落としている
 渡辺教授は細胞の染色体の研究で有名な東大の看板教授の1人だった。卵や精子といった生殖細胞ができるときに起こる減数分裂の際に大切な役割を果たすたんぱく質を見つけて「シュゴシン」と名付け、2004年に英科学誌ネイチャーに論文発表。その後、シュゴシンの働きなどに関する論文を一流の科学誌に発表してきた。15年度に減数分裂にかかわる分子機構を解明した業績で朝日賞を受賞。武田医学賞にも選ばれている。

 不正と認定されたのは、シュゴシンの働きなどを調べた08〜15年の論文だ。東大科学研究行動規範委員会の調査報告によると不正を行ったと認定されたのは、渡辺教授とその研究室に所属していた元助教の2人。渡辺教授らがネイチャーや米科学誌サイエンスなどに発表した5本の論文で、グラフや画像の捏造が6カ所、改ざんが10カ所あったとされている。

 10年にサイエンスに載った論文は、2つのグラフについて「実験が行われていないにもかかわらずあたかも実験が行われたかのようにグラフを作成されている事実」が判明し、「捏造」にあたるとされた。「改ざん」とされた例では、実験をした元データの画像では薄く3つの線が見えているのに、掲載論文では3つの線が消えていた。

 調査報告では画像の加工について、「論文執筆上必要となる場面が当然に存在し、一般にも許容されている」としていて、全面的に禁止しているわけではない。しかし、見えている線を消すのは「過度の画像処理」だとして「改ざん」と認定した。

 15年にサイエンスで発表した論文は今年9月、撤回された。撤回を表明した文書(英文)で渡辺教授ら著者は「図の変更は私たちの結論には影響しないと信じている。しかし、誤りの数を理由に論文の撤回を決めた」としている。

軽視されていた研究倫理教育

 東大分生研では加藤茂明元教授が率いた研究室の論文不正を受け、年3回程度、倫理セミナーを開催し所内の全研究者に出席を義務づけていた。過剰な操作によって画像に含まれているものを消し去ってはいけないことは倫理セミナーでも指摘されていた。

多くの研究者が重視する著名科学誌
 調査報告では「過度の加工についての一般的な問題点が何度も指導・教育されていたが、渡辺氏は、倫理セミナーでの指摘を真摯に受け止めていなかった」と、倫理教育が軽視されていたことを指摘している。さらに、「渡辺氏自らが画像の不適切な加工を行い、所属研究者に対しても、論文のメッセージ性を高めるために加工は積極的に行わなければならないというような誤った指導・教育を行っていた実態も存した」としている。

 今回の調査結果を受けて、分生研としては、

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