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グルコサミンは効かない

「機能性表示食品」の届け出が相次いで取り下げられている

唐木英明 東京大学名誉教授、公益財団法人「食の安全・安心財団」理事長

 膝の痛みで悩む人は多いが、グルコサミンは経口で効果がある健康食品として欧米でも日本でも人気がある。ところが医学の世界では、多くの研究結果が総合的に分析され、グルコサミンには膝の痛みに効果がないことが確定した。また、日本ではグルコサミンの機能性表示食品の届け出が相次いで取り下げられている。グルコサミンをめぐる最近の状況から機能性食品の将来について考えてみる。

検証データの提供を拒否

グルコサミンの健康効果をうたった製品はたくさんある

 多くの人が愛用しているグルコサミンだが、本当に効果があるのか、長い論争があった。そもそもグルコサミンを飲んでも腸などの消化管からは吸収できず、痛みがある膝には届かない可能性が大きいからだ。しかし、効果があるという論文もある。そこで多くの臨床試験の結果が総合的に検証され、2010年に「グルコサミンは効かない」という結論が出された(※1)。ところが「患者全体を見ると効果がないことは認めるが、一部の患者には効果があるのではないか」という反論が出て、これに答えるための研究結果が2017年に発表された(※2)。その内容は次のようなものである。

 過去20年余りの間に発表されたグルコサミンの臨床試験の論文で、患者の性別や痛みの程度などを記載しているものが21報あった。これらの論文の著者に患者のデータ提供を依頼したところ、15論文の著者は拒否した。その内訳は7論文が企業、4論文が政府機関などの研究で、4論文は不明だった。拒否の理由は「連絡をしても返事がない」が9論文、「研究の資金提供者の同意が得られない」が4論文、「データを破棄した」が2論文だった。他方、協力した6論文のうち5論文は政府機関などの研究で、1論文が民間企業だった。

 この経緯を見て、データを提供しない研究が多いことに驚かされる。その多くが企業あるいは企業からの研究資金による研究だが、論文の検証を拒否するのは、なにか困る事情があると疑われる。そうであれば、そのような不十分な論文がグルコサミンの有効性の根拠になっていたことに危惧を感じるとともに、これはグルコサミン論文に限ったことではない危機感を抱く。

 次に、提供された合計1663人のデータについて、グルコサミンの効果を統計学的に検証した結果、グルコサミンを3カ月あるいは24カ月飲み続けた患者に対する効果はプラセボと変わらず、グルコサミンは効かないことが再び証明された。また、年齢・性別・肥満度・膝と腰の痛み・痛みの程度・動きの程度・炎症の有無などで患者を分けたが、どのグループにも全く効果はなかった。つまりグルコサミンはどんな患者にも効果がないことが証明されたのだ。

なぜ効くことになったのか?

 それではなぜ「効果がある」という報告があったのか。実は治療薬の効果を調べることはとても難しい。そこで「二重盲検プラセボ対照無作為化試験」という複雑な方法を使う。たとえば膝の痛みがある10名がグルコサミンを3カ月飲んだところ4名は痛みが軽くなったとする。だが、この結果から「グルコサミンは有効」とは言えない。同じ症状でグルコサミンを飲まない10名を3カ月観察したところ2名が軽減したからだ。これは自然治癒力の働きだ。

 またグルコサミンとよく似た「偽薬(プラセボ)」を10名に3カ月飲ませたところ、3名が軽減した。これをプラセボ効果と呼び、「これを飲めばよくなる」と信じることで実際に効果が出たと考えられる。このように治療薬の作用は「自然治癒+プラセボ効果+薬効」の合計であり、プラセボ群は「自然治癒+プラセボ効果」を示す。だから治療薬の試験では「試験群」「対照群」「プラセボ群」に分けた比較が必要であり、これを「プラセボ対照試験」と呼ぶ。

グルコサミンに効果がないことは、科学的に証明された

 次に、患者数がたった10名では、効果が出た人が1名増減しただけで結果が大きく変わってしまう。だから各群の人数が最低50名は必要なのだ。さらに患者を試験群とプラセボ群に分けるとき、特定の方法で患者を選ぶと結果をねじ曲げることができる。だから「無作為」に割り当てることが必要であり、これが「無作為化試験」だ。また、自分が飲むのはグルコサミンかプラセボかを知っていると心理的効果が出てしまうので、患者に知らせてはいけない。医師が知っていても態度に出て患者に知られる恐れがあるので、医師にも知らせてはいけない。これが「二重盲検試験」だ。これらをすべて組み合わせたのが「二重盲検プラセボ対象無作為化試験」で、略称をRCTという。

 これに加えて、治療薬の関係企業から資金提供を受けた研究は「利益相反」が疑われることや、結果が「有効」と出ると論文が専門誌などに投稿されて出版されやすいが「無効」だと出版されにくい「出版バイアス」など、さまざまな問題がある。このように完全に厳密な方法をとることは難しいので、これまでの多くの試験には何らかの欠陥があり、必ずしも信頼性の高い方法を使っていないため、その結論が再現されないことがあるのだ。

 そして医学はさらに進んだ。これまでは「科学的な医療」が重視されてきた。たとえば膝の痛みはグルコサミンなどの軟骨成分が不足するためだから、これを補給すればいいという仮説が生まれ、それが一部のRCT論文で支持され、製品が生まれた。しかし最近は科学的根拠だけでなく、実際の治療効果を検証する「根拠がある医療」が求められている。この検証は、RCT論文をいくつも集めて総合的に判断するもので、システマティックレビュー(SR)と呼ばれる。

 長らく「健康の維持に不可欠」と信じられていたビタミン剤も、欠乏症の治療薬としては有効だが健康な人が飲んでも予防効果がないことが証明された。一方、チョコレートが急性心筋梗塞など心血管のリスクを減らすことが最近明らかになった(※3)。「効果がある」ことを証明するためにはRCTだけでなくSRが必要な時代になったのだ。

機能性表示食品の撤回

 日本では2015年に機能性表示食品制度が発足し、企業が有効性と安全性を示すRCT論文を最低1報添えて消費者庁に届け出ることで、製品の効果を表示できるようになった。グルコサミンについては2018年1月現在、37製品が膝の痛みや動きに効果があると届け出ている。ほかにも届け出をしていない「いわゆる健康食品」は無数にあり、テレビや新聞でグルコサミンの宣伝を見たことがない人はほとんどいないだろう。

 ところが昨年になって異変が起きた。5月にグルコサミンの機能性表示食品2件の届け出が撤回され、その後も撤回が続き、12月までに全37件のうち19件が撤回された。5月に2製品を撤回した企業によれば、その理由は「グルコサミン」という名称を、正確な「グルコサミン塩酸塩」に変更するためだという。あたかも名称だけの問題に見えるが、関係者はそう考えていない。名称の問題なら「変更届け」で済むことで、撤回は必要ないからだ。その後、名称が理由ではないことが明らかになった。6月に「グルコサミン塩酸塩」として届けた製品が撤回されたのを皮切りに、合計8つの「グルコサミン塩酸塩」製品が撤回されたのだ。

 では何が理由なのか。撤回したすべての届出が効能の根拠としていた2論文に問題があったのだ。内容は次のようなものだ。

 論文1:競輪選手41名をグルコサミン塩酸塩1日1500mg群(14名)、3000mg群(14名)、プラセボ群(13名)に分け、3カ月間摂取させたところ、軟骨分解の指標は試験群とプラセボ群の間で有意な差はなかったものの低下傾向を示した。
 論文2:サッカー選手21名にグルコサミン塩酸塩1日1500mgまたは3000mgを3カ月間摂取させ、摂取前後の軟骨代謝の指標を測定した。プラセボ群は設定しなかった。その結果、摂取後に指標が有意に減少し、摂取中止後には元のレベルに戻った。

 この結果から、グルコサミンは軟骨の分解を抑制すると企業は主張していた。しかし論文1で、試験群とプラセボ群の間に差がないということは「効果がない」ということであり、「低下傾向がある」ことが根拠にならないことは統計学の常識である。また論文2はプラセボ群がないのでRCT論文ではなく、数値の変化の原因を特定できない。要するに2報とも有効性の根拠にはならないのだ。

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