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トランプ時代の医療報道を語り合う

米国の専門大会に725人が大集合 オバマケア、健康格差、研究不正などに強い関心

浅井文和 日本医学ジャーナリスト協会会長

 トランプ時代の米国で記者たちは医療・健康をどう報じているのだろうか。

 この4月、全米の医療・健康ジャーナリストが集まる大会「ヘルスジャーナリズム2018」に参加した。

 米国ではオバマ前大統領の医療保険制度改革、トランプ大統領のオバマ改革批判が大きな争点になり、医療・健康問題に関する関心は高い。新聞やネットメディアにとって医療・健康は大きなテーマだ。活発な報道の裏側に何があるのかを現地で探ってみた。

全米から集まったジャーナリスト。参加者数は700人を超えた=写真はいずれも筆者提供全米から集まったジャーナリスト。参加者数は700人を超えた=写真はいずれも筆者提供
 「ヘルスジャーナリズム2018」は医療・健康ジャーナリストの全国組織、ヘルスケアジャーナリスト協会(AHCJ)の年次大会だ。今年は4月12日から15日まで4日間、アリゾナ州フェニックスで開かれた。

 1時間半程度のテーマごとのパネル討論が同時並行で4日間に合計60も開かれる。テーマはアルツハイマー病、遺伝子治療、幹細胞研究など医学の最新情報から、ホームレスの健康、健康格差、医療政策など医療と社会の問題まで幅広い。

 今年の参加者は約725人。AHCJの会員数は約1500人なのでその半分が集まったことになる。ワシントン・ポストやウォールストリート・ジャーナルなどの有名新聞、ネットメディアの記者、地方紙・ラジオ局の記者、フリーランス記者、ジャーナリズム専攻の大学生など。日本からの参加者は見たところ私1人だけだった。香港から来た記者と会場で出会って「アジアからは私たちだけかな」と話していた。

いっぱいに埋まった「知る権利」の会場

 会場での大きな関心事は就任2年目に入った米国のトランプ大統領だ。記事を「フェイクニュースだ」と批判する大統領と、一部マスメディアとの対立が厳しくなっている。

 「知る権利」に関するパネル討論の会場は席がいっぱいに埋まった。ここで言われたことは「事実を発掘しよう」。

 たとえば、昨年9月、トランプ政権のプライス厚生長官が辞任した。理由はプライベートジェット機を多用した高額出張費が世の中から批判されたためだ。

 辞任に結びつくスクープを報じた記者が登壇して経緯を語った。公開情報から長官の日程を調べ、移動時間が異常に短いことからジェット機を多用していたことを突き止めた。ジェット機の写真を撮り、丹念に事実を詰めていって、長官辞任に追い込んだ。

 医療を受けられない人を減らそうとしたオバマ前大統領の医療保険制度改革「オバマケア」の改廃を訴えてきたトランプ大統領の医療政策も大きなテーマだ。

 たとえば、低所得者向けの医療制度メディケイドに関してトランプ政権は「加入条件の厳格化」を認める方針を示している。州ごとに制度の違いがあるものの、民主党側は「低所得者が医療を受けにくくなる」と批判。会場では、大学、行政、医療保険組織などの医療政策専門家とジャーナリストが論議した。政府の医療費負担が重くなっている中でどうやって公平な医療制度を維持するのか。「厳格化すれば何百万人もの人が医療からこぼれ落ちる」「でも、州政府の財政負担が大変だ」。論議は白熱した。

「格差の現実を示すことで対策を前に」

 米国社会の分断が注目されているなか健康格差の問題への関心も高かった。

インディアンの健康格差問題について講演するワーネ教授インディアンの健康格差問題について講演するワーネ教授
 今年の大会では外部の専門家を招く記念講演がひとつだけ開かれた。その講師に選ばれたのはノースダコタ州立大学公衆衛生学部門教授で医師のドナルド・ワーネさん。アメリカインディアンがかかえる健康格差について語った。ワーネさん自身がアメリカインディアンのひとり。長年、インディアンの健康問題を研究してきた。他のアメリカ人と比べて糖尿病、アルコール依存、事故死、自殺が多いという調査結果を報告し、どう格差をなくしていくのかを論じた。(ワーネさんは「差別の歴史を消し去らないために」自らをインディアンと呼び、ネイティブ・アメリカンとは言わない)

 パネル討論では、各州の地域(郡)ごとの健康指標の違いを示す地図を作ってインターネットで公開している研究グループが紹介された。たとえば、アリゾナ州ではインディアンが暮らす地域は他に比べて健康指標が悪い。格差を示すことで行政機関などに地域の健康対策を促すというのが狙いだ。

 日本でも健康格差の問題は指摘されている。地域ごとの格差を示す研究もあるが、日本の学会では「地図で示すことで健康状態が悪い地域へ住民の差別・偏見につながらないか」と懸念する意見も出ている。米国の会場では

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