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政策が足を引っ張っている日本の科学技術力?

研究者だけでなく政策決定者が問われなければフェアでない

黒沢大陸 朝日新聞論説委員

ノーベル賞授賞式でメダルを受け取る大隅良典さん。ノーベル賞受賞者の輩出は「科学技術創造立国」の象徴となってきた=2016年12月10日
 日本は「科学技術創造立国」を目指して、政策を展開してきたのに、他国に遅れをとってしまった。失政と言ってもいいだろう。有力な研究者たちが科学技術力の低下につながった政策の問題点を指摘し続けるが、その政策は変わりそうにない。文部科学省や総合科学技術・イノベーション会議の政策展開が、逆に科学技術力向上の足かせになってはいないか。いっそ、積極的な政策をしない方が研究現場は力を発揮できるのではないか。今月、ノーベル賞受賞が決まった本庶佑さんも科学技術政策に疑問を投げかけた。この問題についての議論も活発になっており、朝日新聞も連載や特集記事を掲載した。少し整理して考えてみる。

文科省課長の機嫌をうかがう大先生

 こんな場面を思い出す。文部科学省を担当する記者だった10年前のことだ。

 ある課長の取材で、課長席の脇に置かれた丸椅子をすすめられ、座って話をしていた。すると、よく顔を知っている有名な大学研究者が現れた。「会議で役所に来たから、ご挨拶に寄ろうと思って……」と立ったまま話を始めた。研究成果の発表のときのような威厳ある姿とは違い、課長の機嫌をうかがう雰囲気だった。大先生のそんな場面を、課長の脇で座ったまま見ているのは、あまりに居心地が悪く、「失礼します」と逃げ出した。

 しばらくして、ある独立行政法人が、新しい研究プロジェクトを記者発表した。注目の研究で、発表会場に行くとほぼ満席だった。見回すと、最前列中央の席が空いている。「なんで遠慮しているか」と不思議に思いながら座ると、独立行政法人の職員がとんできた。「そこは困ります」。真剣な表情だった。開始時間が迫り、押し問答しているわけにもいかず、立って聞くことにした。開始直前、職員に案内された文科省の課長らが現れ、その席に座った。記者発表の会場で、官僚が最前列中央に座るのを見たのは初めてだった。

 「剛腕」課長だったからかもしれない。それでも、大学や独立行政法人が文科省に非常に気を使っていることはよくわかった。何か、ゆがんでいると感じた。

資金獲得に追われ、減る研究時間

 昨年、英科学誌ネイチャーが日本の科学技術が低迷していることについて特集を掲載。原因について、国から国立大学への運営費交付金が削減されて人件費が減り、若手研究者が安定した職を得られにくくなったことなどを指摘した。

安倍晋三首相(左手前から3人目)も参加した総合科学技術・イノベーション会議=2018年6月14日
 日本では1995年に科学技術基本法が施行された。資源が少ない日本の将来のために「科学技術創造立国」を掲げ、1996年から科学技術基本計画をスタートさせ、5年間で投じる予算の目標額を定めた。2001年には総合科学技術・イノベーション会議の前身となる総合科学技術会議を設置し、首相を議長として各省庁よりも上の立場の「司令塔」として、重点的に予算を投じる分野を定めるなど科学技術政策を差配するようになった。2004年には国立大学が法人化された。優れた教育や特色ある研究に工夫が凝らせるようになるとうたわれながら、毎年、運営費交付金が減らされ、研究者は競争的資金の獲得に追われるようになった。

 その後、科学研究の力を示す指標となる研究論文数は伸び悩み、大学などからの特許出願軒数も横ばいが続く。

 研究論文で、他の論文に引用される数が上位10%に入る「質の高い」論文は、2003~2005年の平均で、日本は約4600本。米英独に続く世界4位だったが、2013~2015年の平均では約4200本で世界9位に後退。中国、フランス、イタリア、カナダ、オーストラリアに抜かれた。論文数は、それほど減ってはいないが、主要国で減少しているのは日本だけだ。

 競争的資金の獲得は、研究者の事務作業を増やす。大学の研究者が研究に割ける時間は2002年の年1300時間が2013年には900時間に減った。職務時間に占める研究時間は47%から35%に減った。

 2年ほど前、憤る若手研究者を目の当たりにした。任期付きながら、有力大学の研究所に助教として採用され念願の研究職に就けたのに、実際にやっていることは書類書き。研究所が主導するプロジェクトの計画や報告の書類作りに忙殺され、自分の研究時間なんてないとこぼしていた。教授たちの雑用を引き受ける便利屋にされた助教は、吐き捨てるように言った。「今のポストは、研究できる次のポストに就くための箔付けになるから我慢している。それだけです」

言い訳がにじむ文科省の総括

 研究資金をめぐる政策のキーワードの「選択と集中」。この言葉は、バブル経済の崩壊後、企業が経営を効率化させるために事業展開を整理する文脈のなかで多用された。いまは科学技術政策を論じるのに欠かせない用語となった。政府は「選択と集中」で予算を積極的に投じる研究分野を絞り、すぐに成果に結びつくような研究、イノベーションに結びつくと考える研究を重視してきた。研究者が予算を獲得するためには、社会に「役立つ」研究であることを一層示すことが必要なり、予算を申請する書類、プロジェクトの成果を示す報告もそうした美辞で飾られる。

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