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アインシュタインの量子論不信が開いた新世界

長年の論争に決着「量子論が正しく、局所実在論は誤り」

谷村省吾 理論物理学者

 

アインシュタインの量子論への不満

 アインシュタインは相対性理論を創った物理学者だが、量子論の創設者の一人でもある。量子論は、量子力学とも呼ばれ、電子や光子などのミクロ世界を支配している物理法則の理論である。アインシュタインは1905年ごろから量子論の構築に参加していた。その後、大勢の物理学者の英知が結実して1926年に量子力学がおおよそ完成したが、出来上がった量子力学に対してアインシュタインは満足しなかった。

 アインシュタインの不満には二つの側面があった。一つは、量子論はものごとが起こる確率を予測するだけで、確実なことは予測できないという面。これを非決定論という。原子や電子など我々の世界を構成している基本要素の動きは確実には決まっていないと量子論は教える。偶然まかせの量子論が究極的な物理法則であるとは信じられない気持ちをアインシュタインは「神はさいころを振らない」と言い表した。

 もう一つの不満は、観測されていないものは観測されたときと同じように挙動していることを量子論は保証しないという面に向けられた。これを非実在論という。それに対する不信感をアインシュタインは「君は、君が見上げているときだけ月が存在していると本当に信じるのか?」と言い表した。

量子論が問題にする実在性とは

 実在性を疑うなどと言い出すと、哲学めいた雰囲気が漂うが、アインシュタインも電子や光子そのもの実在性を疑っていたわけではない。「物理量の値の実在性」という限られた問題を相手にしている。

 物理量というのは、重さや速さのように、測れば数値化できる量のことである。体重計で測れば55kgなどの値が読み取れるだろうが、測らなくても55kgとか60kgとか「測れば出てくるであろう値」の存在を想定するのは常識的には問題なさそうに思える。

 だが、光子のようなミクロ世界の対象に対しては、AとBという2種類の物理量を別々に測ることはできるが、同時に測ることはできないという性質がある。Aだけを測ったときに「もしもBも測っていたら値はいくらだったろうか」という仮の想定値を計算に入れてよいか?という疑問が生じる。

 たとえて言えば、人間の肥満の度合いの目安となるBMI指数は、身長と体重の値から計算されるが、もしも身長と体重を同時に測ることができなかったら、身長の実測値と、体重の想定値を使ってBMI指数を計算してよいか?というような問題である。

 肥満度のBMI指数の計算だったら、想定値を使った計算結果はあまり信用できないが、そういう計算ができないわけではないし、想定値をあてはめた計算結果がたまたま正しい結果と一致することもあるだろう。

局所実在論なら成り立つはずのベルの不等式

 ジョン・スチュアート・ベル(John Stewart Bell、北アイルランドに生まれて主にスイスで活躍した物理学者)は、ミクロの世界の対象について、測らなかった物理量についてどのような値を想定しても成り立つはずの不等式を数学的に証明した。そして、量子論は、この不等式の範囲に収まらない結果を出すことがあることまでベルは発見した。

 厳密に言うと、

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