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森の国で育む「森林文化」のこれから

幅広い価値を踏まえて、社会的意義の再構築が必要な時代に

米山正寛 ナチュラリスト

 「山と木と人の融合」を目指して「森林文化」を基本理念とした森林・林業政策の展開を訴えた筒井迪夫・東京大学名誉教授が昨年亡くなった。政策の中では長く木材生産が中心に据えられてきたが、過去1994年には林業白書で森林文化に関する特集が組まれたこともある。これからの森林・林業政策の中に「森林文化」をどのように位置づけていけばいいのか。そうした視点から今春、林業経済学会が「森林の文化的価値と森林政策の課題」をテーマとしたシンポジウムを新潟市で開いた。シンポジウムでの議論を踏まえ、改めて森林文化をめぐる社会の動向について考えてみた。

手入れされたスギの人工林は重要文化的景観の貴重な構成要素だ=鳥取県智頭町、斉藤智子撮影

国策としての動きは希薄に

  森林が有する文化的機能は、これまでどのように把握されてきたのか。柴崎茂光・国立歴史民俗博物館准教授は、明治時代に森林法が制定されて以来の約130年間を、九つの時代に分けて政策や研究の変遷をまとめている。

【森林の文化的価値に関する時代区分(柴崎茂光さんによる)】
① 森林法草案~共有林野統一前まで 1882年~1910年頃
② 進む工業化と在来技術 1910年頃~26年頃
③ 恐慌期から敗戦まで 1926年頃~45年
④ 敗戦からの復興期 1945年~55年頃
⑤ 国産材増産と過疎化 1956年~70年頃
⑥ 環境と「ふるさと」ブーム 1970年頃~80年頃
⑦ 森林文化論の隆盛 1980年前後~90年代前半
⑧ バブル経済崩壊後 1992年~2003年頃
⑨ 観光立国宣言後 2003年頃~現在

 柴崎さんによると、①の時代から山村の暮らしに関する言及はあった。ただ、当初は森林に害を及ぼす要因として、住民の暮らしにふれたものが目についた。②の時代にはレクリエーション利用の重要性も主張された。ただ③の国立公園設置も含めて、外国人や富裕層が対象と考えられていた。戦前、戦中には森林文化の萌芽を見る書籍の刊行もあったが、戦時下には「愛林精神」を名目とした林業労働の強要や、健康な国民を増やす「健民地」として国立公園を利用する動きが強まった。

 国産材の増産が戦後復興を支えた④や、過疎や公害といった問題が日本列島に広がった⑤の時代を経て、環境へのまなざしが生まれた⑥には、森林文化協会の設立に関わった筒井迪夫氏による「森林文化」の提唱があった。それは、⑦において隆盛の時期を迎えながらも⑧の時期には「文化の豊かさが強調されすぎる」「他分野との連携が不十分」といった批判も受けた。今につながる⑨の時代には観光ブームの中で森林の活用は見られるものの、国策として林野庁が森林文化を扱う動きは希薄になっているという。

「虚構を生んだ」か?「考える箱をつくった」か?

 こうした歴史的な変遷を踏まえ、東京農工大学の土屋俊幸教授からは、筒井氏の森林文化について「森林だけを取り上げた言葉が虚構を生み、現実と乖離した姿を作り上げなかったか」という問題提起がシンポジウムでなされた。

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