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ゲノム編集の「オフターゲット」に対する誤解

通常の育種方法に比べたら「間違いなく少ない」ことが知られていない

小島正美 食・健康ジャーナリスト

 新しい品種改良技術として「ゲノム編集」が注目されている。生物の遺伝子を効率よく変化させることができる技術だが、これまでの報道や言説を見ていて、一部とはいえ、「不安を煽り過ぎるのでは」と思われる事例に気付いた。そのひとつが「オフターゲット」問題だ。どう考えればよいか論点を詰めてみた。

ゲノム編集食品について伝える記事の例

 まずはゲノム編集がどんな技術かを簡単に説明したい。

 ゲノム編集は遺伝子を効率よく改変できる最新の技術。農産物の品種改良技術として使われるときは、多くの場合、もともとある遺伝子を改変するだけで、外部から遺伝子を持ってくることはしない。いま最も普及しているのは、ノーベル賞の有力候補とされるジェニファー・ダウドナ・米国カリフォルニア大バークリー校教授ら2人が開発した「クリスパー・キャス9」という名の手法である。特定の塩基配列のところを切るハサミ酵素を使って、狙った遺伝子を改変する技術だ。これは、細菌がウイルスの攻撃から身を守るためにもっている免疫の働きからヒントを得て生まれた。

 なんといっても、ゲノム編集の最大の強みは、狙ったところを効率よく切断できることだ。従来の遺伝子組み換え技術は、外部から別の生物の遺伝子を組み込むのだが、狙ったところに遺伝子を組み込むことはできなかった。ゲノム編集技術を使えば、ある特定の遺伝子を精度高く操作できる。たとえば、筋肉の成長を抑える遺伝子の働きを壊せば、通常よりも大きく成長できる牛やタイ(魚)ができる。

右が通常のマダイ、左がゲノム編集した「マッスルマダイ」。こちらは背中や腹の盛り上がり方が大きく、全体に丸みを帯びている=2017年12月6日、和歌山県白浜町、飯塚晋一撮影

 すでに日本国内では、ゲノム編集技術を活用して、肉付きのよい大きなタイ、血圧を下げる効果のあるGABA(ガンマアミノ酪酸)を多く含むヘルシートマト、毒の成分を作らないジャガイモなどが登場している。

 こうしたゲノム編集でできた食品の安全性に関して、今年3月、厚生労省は「ゲノム編集(外部から遺伝子を導入した場合は除く)は従来の品種改良でできた食品と差がないため、国への届け出は必要だが、安全性の審査は不要」との判断を示した。

オフターゲットとは何か

 これら一連の動きに関する報道などで気になったのが「オフターゲット」という問題である。ゲノム編集は確かに精度のよい手法だが、実は、狙った塩基配列に似た配列を誤って切ってしまうケースが生じることがある。狙った的をはずして、遺伝子を切るため、オフターゲットという。言い換えれば、「意図せざる突然変異」が生じてしまう問題だ。

ゲノム編集してできた高GABAトマト=江面浩・筑波大学教授提供

 ここで大きな論点は、このオフターゲット問題がゲノム編集の行く末を左右する大きな問題かどうかである。

 これまでの報道を見ていると、中には「特定の遺伝子を壊した結果、別の遺伝子が新たに働く可能性も否定できない。食品としての安全性は大丈夫か」「意図しない突然変異が入ってしまい、自然の姿とはかけ離れた作物が生まれる恐れはないか」といった記述も見られた。

 これだと何か得体の知れない生物が生まれるかような印象を抱くが、実際にゲノム編集の研究開発に携わる研究者の多くから話を聞く限り、大半の研究者の間では「新しい作物を生み出す技術的な観点や安全性のうえで、オフターゲット問題は大きな問題ではない」との意見が圧倒的に多い。

従来の育種も遺伝子を変えている

 なぜ、そう言えるのか。

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