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法学への人工知能の応用はどこまで進んでいるか

単純作業に近いところは人間を凌駕、深い知識を持たせる研究も進む

佐藤 健 国立情報学研究所教授

 ブロックチェーンや仮想通貨や自動運転車など、高度情報技術の発展に基づいた社会の高度情報化・複雑化が進んでいる。ところが、このような技術を法制度によって制御するのは難しい。なぜなら、今までは、そういう法制度は官庁や国会が人海戦術で時間をかけて作っていたため、技術が進むスピードに追いつけないのが普通だからである。ある技術を制御する法制度を整備したとしても、その技術に代わる新しい技術がすでに開発され、法制度のコントロールが効かないというようなことが生じてしまう。

 私は、大学で情報科学を学び、企業や大学や国立研究所で人工知能(AI)の理論的基礎を中心に研究してきた。そうした中、上記のような問題意識を持ち、2006年から2009年にAIの法学への応用を求めて、とある法科大学院に入学し、法学を学んだ。そして、2009年から情報学と法学を融合する研究分野としてJuris-informatics(ジュリスインフォマティクス)という学問を提唱している。

 本稿では、まずAIの法律への応用の現状を紹介し、Juris-informaticsで私が行っている研究を概観する。

米国のE-discovery制度での試行

 米国には、証拠開示(discovery)という制度がある。裁判所が事件に関する証拠を当事者に提出するように命令すると当事者は必ず出さなければならず、故意に証拠を隠すとペナルティを受ける制度である。そして、E-discoveryは、その証拠の対象を電子情報まで広げた制度である。たとえば、事件に関係する証拠として電子メールを出すように命令されれば、膨大な送受信メールからそのような電子メールを見つけ出さなければならない。

 この問題に対して、TRECという文書検索国際会議において、ENRON裁判に関するE-discoveryのコンペティションを行ったところ、機械学習を用いたAIプログラムが専門家よりも迅速に正確な電子メールを発見したという報告がある。

関連法律文献検索での応用

 IBMが開発した情報検索システム「Watson」が『Jeopardy!』というクイズ番組のチャンピオンと対決して勝利したというニュースがあったが、Ross Intelligenceという会社が、このWatsonプログラムを関連法律文献検索に応用している。このプログラムは、質問に対して関連度の高い法律の資料を取り出すもので、米国では、このプログラムが弁護士事務所にいるパラリーガルという職種の人に取って代わりつつあるという報告がある。

契約文書チェックではプログラムが弁護士を凌駕

 LawGeexというイスラエルの会社が、契約文書条項を精査して問題となりそうな条項を指摘するシステムを開発している。同社のブログにある報告によると、秘密保持契約書のどの条項が問題かを見つける競争でプログラムと弁護士が対決したところ、LawGeexのプログラムが94%の正答率を達成し、20人の弁護士の平均正答率85%を凌駕した。

保険支払予測でもプログラムが勝る

 ケンブリッジ大学のスピンアウトの会社、Case-Crunch社が開発したAIプログラムが支払い保障保険に関わった775事例について、 その保険支払請求を英国金融オンブズマンという機関が承認するどうかについての予測を100人の弁護士と対決してやってみたところ、Case-Crunch社のプログラムは86.6%の正答率で、100人の弁護士の平均正答率は66.3%であったという報告がある。

しかし、プログラムは浅い知識しか使っていない

 実は上のような技術は、人間が行っていた単純作業に近いところを代替しており、文書に出現する言葉の重要度を計算するような浅い知識を使って問題を解いているにすぎない。確かに

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