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反「遺伝子組換え」団体が作りだす意図的誤解の罪

除草剤ラウンドアップはなぜ抹殺されようとしているのか? 【前編】

唐木英明 東京大学名誉教授、公益財団法人「食の安全・安心財団」理事長

 除草剤ラウンドアップに発がん性があるという誤解がヨーロッパを中心に広がっている。国民の不安にこたえてEU各国は規制強化に動き始めた。米国カリフォルニアではラウンドアップが原因でがんになったとする訴えが勝訴になり、約330億円という驚愕の賠償を命じられるというセンセーショナルな事態にもなっている。

グリホサートを主成分とする除草剤ラウンドアップ。米モンサント社が開発した
 だがこれは、遺伝子組換え(GM)に反対する団体が戦略的に作り出した意図的な誤解の産物である。ラウンドアップに発がん性があるような非科学的論文を作り、それを使って恐怖をあおる映画や書籍を作り、反GM運動を盛り上げることに成功した。決定的な出来事は、国際機関が行ったラウンドアップは「ヒトに対しておそらく発がん性がある」という発表に対する誤解だった。

 しかし実際は、ラウンドアップに発がん性はないことを世界の専門家やリスク管理機関が多くの試験により科学的に証明している。だからこそラウンドアップは各国で許可されて農業分野などで幅広く使用され、世界の食料供給を支えている。にもかかわらず、反GM団体の巧みな作戦によってラウンドアップは情報戦争に敗北しつつあり、世界の食料事情に大きな混乱を引き起こす危険さえ生じている。このようなラウンドアップをめぐる最近の状況について解説する。

1. 除草剤「ラウンドアップ」

 ラウンドアップは米国モンサント社が1974年に発売した除草剤の商品名であり、有効成分はグリホサートという化学物質である。ほとんどの種類の雑草を枯らすことができるラウンドアップは、散布後は短時間で土壌に吸着され、微生物により分解されて消失するので、環境汚染の可能性は小さいという利点を持つ。安全性が高く、適切に使用する限り人の健康被害はない。

 このような優れた性質が評価され、世界の160カ国以上で農業だけでなく公共施設管理や家庭用としても広く使用されている除草剤である。2000年に特許が切れたため、現在はグリホサートを主成分にしたラウンドアップ類似の除草剤がさまざまな商品名で販売されている。商品名と有効成分は区別して記載すべき個所もあるが、ここでは主に商品名を使って説明する。

 世界中での長い使用実績の中で、ラウンドアップの安全性について何の問題も提起されなかった。しかしある時期からその運命は大きく変わり、一部の人から危険といわれるようになった。そのきっかけは1996年に始まった遺伝子組換え(GM)作物の商業栽培だった。

2. GM作物「ラウンドアップレディー」

 最初に栽培されたGM作物は米国モンサント社が開発した「ラウンドアップレディー」(ラウンドアップ耐性)と呼ばれる大豆やトウモロコシだった。このGM作物が育つ畑にラウンドアップを散布するとすべての雑草は枯れてしまい、GM作物だけが生き残る。そんな夢のような新技術だ。

ラウンドアップをめぐる動きは世界の食料供給にどう影響するか
 農業労働の大きな部分を占める除草が簡単になるというメリットのため、ラウンドアップレディーは世界中に広がり、GM作物の大きな部分を占めるようになった。日本でも食品安全委員会の審査によりラウンドアップレディーの安全性が確認され、トウモロコシ、大豆、菜種、綿などが多量に輸入されている。当然のことながらラウンドアップもラウンドアップレディーと一体になって売り上げを伸ばした。

 ところがGM技術には当初から反対運動があった。「遺伝子は神の領域であり、人間がこれに手を付けることは許されない」という神学論的な反対、「自然ではない遺伝子が入っているものなんか食べたくない」という感情的な反対、「遺伝子に変更を加えたらどんな恐ろしいことが起こるかわからない」という不可知論の反対などである。そのような反GM運動が世界的に広がったきっかけは、企業の不注意により起こったスターリンク事件だった。

3. スターリンク事件

 1998年にフランスのアベンティス社により除草剤耐性と害虫抵抗性の二つの性質を併せ持つGMトウモロコシ「スターリンク」が開発された。すべてのGM作物は発売前に安全性と環境への影響について国の審査を受けるのだが、とくにアレルギーについては厳しく審査される。スターリンクはアレルギーに関するデータが不足していたため食用には許可にならず、飼料用として栽培が始まった。

 ところが2000年に米国で、食用のトウモロコシにスターリンクが混入していることを反GM団体が見つけた。輸送や貯蔵の過程で混入してしまったのだ。米国では何か問題があればすぐに訴訟になる。このニュースを聞いた消費者から、スターリンクを食べたため体調を崩したという訴えが続出し、中にはアレルギーを起こしたと訴える人もいた。スターリンクとアレルギーの関連は医学的に否定されたが、2002年にアベンティス社はアレルギーを起こしたと訴えた3人に900万ドル(約10億円)を支払うことで和解した。

 こうしてGM作物はアレルギーを起こすという間違った情報が広がり、スターリンクは栽培停止と回収に追い込まれた。そして米国トウモロコシ関連業界は食用トウモロコシに混入したスターリンクをどうするのかをめぐって大混乱に陥った。

 日本では

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