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驚いてホッとした2019年ノーベル物理学賞

予想通りの「系外惑星発見」マイヨールとケローの受賞

須藤靖 東京大学教授(宇宙物理学)

2011年の3つの予想

 2019年のノーベル物理学賞が、米国プリンストン大のジェームズ・ピーブルズ教授、スイス・ジュネーブ大のミシェル・マイヨール教授と同大(英国ケンブリッジ大学兼任)のディディエ・ケロー教授に授与されることになった。この3名の業績は「宇宙の進化と宇宙における地球の立ち位置に関する人類の理解への貢献」(contributions to our understanding of the evolution of the universe and Earth's place in the cosmos)という言葉で総括されている。

 私は2011年9月30日付の本欄で、2011年のノーベル物理学賞が天文・宇宙分野であればとの前提で、順位付きで以下の3分野と候補者を予想した(以下、人名の敬称は省略する)。

  1. 太陽系外惑星の発見:ミッシェル・メイヨールとディディエ・ケロス、3人目があるならばジェフ・マーシー
  2. 宇宙の加速膨張の発見:ソール・パールムター、アダム・リース、ブライアン・シュミット
  3. 標準宇宙論モデルの確立:チャック・ベネット、ライマン・ページ、デイビット・スパーゲル

 実際この年の10月4日に発表された結果は2番目の3人だったので、予想が当たったといっても良さそうだ。その頃以降、本欄ではノーベル賞候補を予想することが毎年の恒例となっている。ただ私は予想を依頼されるたびに「毎年やるのはあまりにも下品である」との公式見解つきで丁重にお断りしてきた。ただ正直に言えば、物理学で約4年に一度回ってくる天文・宇宙分野以外の予想は私には不可能なのである。

2019年のノーベル物理学賞に決まった3人。(ノーベル財団の発表映像から)
 2017年のノーベル物理学賞は大本命とされていた「重力波の直接検出」に授与された。どの3人を選ぶかは別として、ノーベル賞史上これほど予想が簡単だった例はないだろう。私がセンター長を務めている東京大学ビッグバン宇宙国際研究センターのキップ・カンノン教授がその検出に大きく貢献した。そこで、事前に入念な準備をした上で、日本の重力波検出プロジェクト代表かつ2015年ノーベル物理学賞受賞者である梶田隆章教授とともにノーベル財団の発表を見た直後、予定通り東京大学で記者会見を行ったのはその証拠である。

 さて2017年が天文・宇宙分野だったため、今年は他分野だろうと私は思いこんでいた。事前にマスコミ関係の方々から質問された際にも「天文・宇宙分野なら次は系外惑星でしょうが、今年はないでしょう」と堂々と答えていた。だからこそ、ノーベル財団の発表で開口一番、「今年は宇宙である」との言葉を聞いたときにはとても驚いた。さらに、ピーブルズの写真が映し出されたのを見て再び驚き、その後に映ったマイヨールとケローの写真を見て何故かほっとしたのだった。

 早速、彼らの業績に関する解説を依頼され、翌朝、日本物理学会ホームページに掲載した。したがって本欄では、やや個人的な視点を織り交ぜながら、相補的解説をしてみたい。

自ら光らない惑星の検出は難しい

 「この宇宙に果たして太陽系以外の惑星系が存在するのか」、「我々は一人ぼっちなのか」。これらがはるか昔から人々が抱き続けてきた根源的な問いであることは間違いない。しかし、太陽系で最大の惑星である木星の公転周期は12年、しかもその明るさは太陽の1億分の1以下でしかない。太陽系が惑星系の典型例であるとすれば、遠方から恒星の周りの惑星を検出するのはほとんど絶望的に難しいことなのである。

 一方、惑星を伴う恒星は惑星と同じく共通重心の周りを公転しており、その速度は特徴的な周期変化を示す。したがって、惑星の直接検出が困難であろうと、恒星の速度を精密に測定すれば、惑星の有無を間接的に検証できるかもしれない。

ドップラー法による系外惑星の探し方

 マイヨールらは、1977年から13年間かけて291個の恒星の速度を継続的に観測したが、有意な変動を検出できた37個はすべて連星系であった。つまり、公転の相手は惑星ではなく恒星だった。しかし、惑星の場合は速度変動の振幅が小さいがために検出できなかっただけかもしれない。そのために、より高精度の検出器を開発し、1994年4月から有意な視線速度変化が検出できなかった142個の恒星に絞って再度定期的観測を始めた。1994年9月にはペガスス座51番星(51Peg)の速度変動に気づき、それから1年かけて、その周りをわずか4.2日の周期で公転する0.47木星質量の惑星(51Peg b)の存在を結論した。この論文(Michel Mayor & Didier Queloz"A Juipter-mass companion to a solar-type star", Nature 378, 355, 1995)は1995年8月29日に受け付け、査読を経て10月31日に受理、11月23日に出版されている。

 木星と同程度の質量をもつ巨大惑星が、恒星の周りを4.2日という驚異的な短周期で回っているなどと予想した人はいなかった。もちろん2人も、このデータが本当に惑星によるものなのか、大いに悩んだようだ。

 例えば、カナダのグループは12年間にわたる観測に基づいて、15年以下の公転周期を持つ木星程度の質量の惑星は存在しないと結論した論文を1995年8月に発表したばかりだった。

初めて発見された系外惑星「51Peg b」の想像図(ESO/M. Kornmesser/Nick Risinger)
 マイヨールとケローは51Peg bの発見を10月6日にイタリアのフィレンツェで開催された国際会議で報告した。それを聞いたジェフ・マーシーたちのグループは
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