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3歳から始まるフランスの義務教育

9月入学を議論する前に「初等教育のあり方」について考えてみよう

高橋ペイラニ留愛 フリーランス(執筆・翻訳)

 4月下旬からわずか1カ月程度で突如、9月入学の議論が大きな盛り上がりをみせた。当初は、9月入学がすべての問題を解消してくれるかの如き論調が目立ったものの、その後、特に教育関係者の方々から冷静な意見が相次ぎ、9月入学に前のめりな風潮がやっと落ち着いてきた。
 臨時休校のために授業時間が減った現在の生徒には何らの対応を行う必要がある。しかし、そのことを拙速に9月入学への移行と結びつけるべきではない。むしろこれを契機として、日本の教育システムが永年抱えて続けてきた諸々の問題点を解消するため、より長期的な視野に立った教育の姿を議論し、それを実現すべきだ。
 そこで今回、高橋ペイラニ留愛さんからフランスの義務教育について伺ったことを紹介したい。彼女は、私の共同研究者(セバスチアン・ペイラニ氏)と結婚して現在はニース在住。息子さんのテオ君は、日本で言えば幼稚園の年長さんである。3歳から義務教育が始まるフランスのシステムは、日本の義務教育のありかたに興味深い視点を提供してくれよう。これに基づいた私見は、別途述べさせて頂きたい。(聞き手 須藤靖・東京大学教授)

1 まず、フランスの教育制度を簡単に紹介してもらえますか?

 フランスでは、3〜16歳が義務教育です。フランスでは日本と異なり、保育園と幼稚園の役割が明確に分かれており、保育園は0〜3歳を、幼稚園(École maternelle)は3〜6歳を担当します。幼稚園は義務教育で、学習が始まります。その後、小学校(École élémentaire)、中学校(Collège)、普通高校(Lycée)と進みます。フランスにはグランゼコールと呼ばれる独自のエリート養成大学・大学院がありますが、それら以外の大学(Université)の場合、全国共通入学資格試験であるバカロレアを受験し合格すれば進学できます。

フランスの義務教育システム

2 年齢とともに学年次の数字が下がるのが面白いですね。16歳までが義務教育ということは、その後に高校を退学する人がいるのでしょうか? それとも普通高校の場合は最終学年まで修了するが、職業高校では第1学年までということなのでしょうか?

 高校には普通・工業・職業の3種類があり、普通・工業高校は3年制、職業高校は2〜4年制です。職業高校に進んだ場合は早くて16歳で卒業となります。そのため義務教育も16歳まで、となっているのです。

3 さて、フランスの義務教育の定義ですが、3歳から幼稚園に通わせることが親の義務という意味なのでしょうか? あるいは、親が希望すれば幼稚園が受け入れなくてはならないという意味ですか?

 教育を受けることは3歳から強制になりますが、幼稚園や学校に通うことが強制ではありません。義務教育の期間中、フランス政府のカリキュラムに沿った教育を受けることができれば、場所は公立幼稚園・公立校、私立校、自宅のどこでも構いません。ただし、自宅の場合には、家庭教師や通信講座などによる教育修了証明が必要になります。子供に教育する機会を与えなかった場合、1500ユーロの罰金があります。ちなみに、幼稚園でも成績表があり、学習指導に沿った内容をきちんと習得できているか評価されます。

4 幼稚園はいつから始まるのですか?

高橋さん夫妻と長男のテオ君
 新学期は9月です。幼稚園の入園は、その年(今年の場合、2020年1月1日から12月31日の間)に3歳になる子供が対象となります。日本のように4月2日から翌年の4月1日ではないので、分かりやすいです。9月の入園時点では3歳と2歳の子供がいるので、フランスでは12月生まれは不利だ、とよく言われます。

5 幼稚園での経費負担はどうなっているのでしょう?

 学費は無料です。ただ、年度が始まる前(夏休み中)に学用品を準備するのと、年度始めにクラスで使うものやクラスの活動支援金を準備する必要があります。他に、子供が食堂で食べている家庭は、食堂支援金と毎月の食堂代がかかります。

 いずれも学校や先生によって違いがありますが、テオが通っている幼稚園では以下のようになっています。

  • 学用品:スモック(制服)のみ(ただし、隣の幼稚園はスモックの他に色ペン、色鉛筆、クレヨン、ノートなどが必要)
  • クラスで使うもの:ミネラルウォーター、ティッシュ、ウェットティッシュ、A4のプリント用紙など
  • クラスの活動支援金:子供一人当たり25ユーロ(年間。子供が2人以上通っている家庭は一人当たり20ユーロ)。これは義務ではありませんがほとんどの親が支払います。まれに、クラスの活動支援金で賄えない分の費用が余分にかかる場合もあります(例えば、劇場での演劇鑑賞代3ユーロなど)
  • 給食:ニースの幼稚園の場合、食堂支援金として子供一人当たり5ユーロ(年間)、さらに一食2.95ユーロ、合わせて1カ月50ユーロ前後を払います(生活保護を受けている家庭には支援があります)

6 幼稚園ではどのような教育がされているのでしょう?

 学校によって多少違いがありますが、8時前後に始まり、16時前後に終わります(テオの通っている幼稚園は8:30開始、16:30終了です)。お昼休みは11:30から13:30で、ほとんどの園児が幼稚園に残り食堂でお昼を食べますが、家に帰って食事をする子供もいます。ちなみに、幼稚園・小学校は朝夕(お昼を家で食べる場合はお昼前後も)に大人の送迎が必須なので、両親が働いている家庭ではベビーシッターを雇って送迎してもらうか、学童(テオの幼稚園の場合7:30〜8:30、16:30〜18:00)に子供を預けるのが一般的です。

 テオの幼稚園は年長組の場合、1クラスは26人で、計3クラスあります。1クラスあたり、担任の先生1人とアシスタントが1人おり、先生は学習指導、アシスタントは補助(トイレや食事、休憩時間中の面倒など)を主に担当します。

年長組2学期の算数の課題例。指で示されている数を丸で囲む(上段)。表示されている数に対し、不足している数を点で描く(下段)
 幼稚園全体としては、年少組で幼稚園のリズムに慣れ、年中組から勉強が始まります。年中組で学ぶことは、主にアルファベット(ブロック体の大文字)や数字(6まで。テオの先生はとても熱心だったのでテオは30まで習いました)を習い、年長組からは小学校へ入る準備としてアルファベット(ブロック体の大文字・小文字)を完璧にすることと簡単な足し算までを習います。
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