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動物行動学と神経科学の第一人者 小西正一先生を悼む

動物のなかでのヒト、自然とのつながりでの脳機能…見つめつづけた偉大な精神

下條信輔 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

 動物行動学と比較神経生態学の先駆者だった小西正一先生が7月23日、逝去された。

 小西先生は北海道大学理学部を卒業後に渡米、1963年にカリフォルニア大学バークレー校で博士号を取得。その後、ドイツのマックスプランク研究所、米国のプリンストン大学などで実績を積まれ、引退されるまで長らくカリフォルニア工科大学(カルテック)で研究を推進された。特に小鳥のさえずりやフクロウの聴覚による定位で先駆的な発見をし、動物行動学と大脳生理学を結合させた。日本と欧米の双方で数々の受賞をされ、また多くの後進が活躍されている。

釣り上げたニジマスを調理する小西正一さん=1987年、藤田一郎教授提供
 私見だが、小西先生の最大の功績は、比較動物学でノーベル賞を受賞したコンラート・ローレンツらに連なる動物行動学・比較生態学の伝統を、最新の神経科学とつなげた点だろう。まず動物の行動を注意深く観察することからはじめ、そこから問いを立てて脳内の神経メカニズムに迫る。そういうアプローチを鳥のさえずりの学習、フクロウの音源定位と空間マップなどに適用し、画期的な成果を挙げた。

 たとえば、空中から飛来して逃げるウサギなどの獲物をキャッチするフクロウは、優れた音源定位能力を持っている。その聴覚手がかりがなんであるかを、行動レベルでまず調べた。それがやがて聴覚受容野、空間マップの発見、10マイクロ秒という精細な時間差を検出している神経回路や、GABA(抑制系の神経伝達物質)によるそのチューニングの解明につながった。同じようにして鳥のさえずりの発達・学習の行動実験から、その神経機構を解明、特に「鋳型」概念を提唱した。

愛称はマーク、行動学と生理学をつなぐ

 ポスドクとして小西研究室で研鑽を積まれた大阪大学の藤田一郎教授も、次のように指摘する。「1960〜70年代、神経科学の主流は生理学だった。細胞の生理学を末梢から積み上げていけば、脳の機能の理解に至るという考えが、支配的だった。つまり行動学と生理学の間には大きな隔たりがあった。その隔たりを埋めるのに大きな貢献をしたのが、マークだった」。マークとは小西先生の愛称だ。

 神経科学には、いわゆるモデル動物と呼ばれるものがある(マウス、ショウジョウバエなど)。それらと違い、遺伝子操作もできないどころか、飼育繁殖ですら困難なフクロウやさえずる鳥などを研究対象に選んだ。そこには生態学的関心があり、その奥には動物に対する強い愛着があったという。

80歳誕生日記念のシンポジウムにて。右が小西正一先生、隣は筆者、左は藤田一郎教授=2013年、藤田教授提供
 筆者自身は、サンフランシスコの研究所でポスドクをしていた時代にマークの講演を初めて聞き、愕然とした。当時から私たちはヒトの視覚機能を脳との関わりで研究していたが、いかんせんあまりに複雑すぎた。場当たり的にいくつかの現象を取り上げ、その表面を引っ掻くぐらいが関の山だった。それに比べて、マークが解明した動物の聴覚機能とその神経回路の、なんと明快なこと。理論レベルから神経実装のレベルまで、ほとんどひとりでやってしまった。研究室に戻って「なんだ、ほとんど解明できてしまってるじゃないか。それに引き替えわれわれのやっていることは」と、当時の指導者と顔を見合わせたことを、鮮明に覚えている。
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