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日本の漫画をつまらなくしたのはだれか?

読者の反応を過度に気にするメディアと忖度するデスク

山井教雄 漫画家

 日本ではAERA、フランスではクーリエ・アンテルナショナル誌に30年間一コマ政治漫画を描き続けてきた経験から、日仏の『漫画に対する評価の違い』を考察します。

2021年1月13日朝日新聞青森版2021年1月13日朝日新聞青森版
 朝日地方版に掲載された漫画です。1月6日、『自分は大統領選に負けていない。盗まれた選挙勝利を取り戻すために、議事堂まで行進しよう』と、トランプ大統領にツイッターで扇動されたトランプ支持者たちが、ワシントンの連邦議会議事堂に乱入し、バイデン氏の勝利を正式に認める会議を中断させ、警官との小競り合いで4人の死者がでました。その後、全米50州では、暴力的な抗議集会が行われるかもしれないと警戒態勢に入りました。米国の民主主義が根底から揺さぶられる事件です。

 この事件で、トランプ氏の発言は暴力行為を誘発する可能性があると、彼のツイッターアカウントが永久に停止されました。

 この件に関し、ドイツのメルケル首相は、基本的人権である『表現の自由』が、一企業に過ぎないツイッター社によって規制されることを問題視しました。

 ここまでこの連載で私が問題にしてきたことは、『日本ではデスクという新聞社の中堅管理職たった一人(デスクにアドバイスする上司や同僚がいることもあります)の一存で漫画がボツにされ、その発言が永遠に闇に葬られる』ことの是非です。

 これまでボツにされた例として挙げてきた漫画(バックナンバーをご覧ください)のメッセージは、『テロは文明を破壊する』『原発は不安だ』『福島原発でメルトダウンが起こっている』『ドライバーは三菱の欠陥車を怖がり、消費者は三菱離れを起こしている』『ソニーは今期大きな損失を計上した』です。

 すべて、その漫画を発表した新聞で記事になった事実です。フェイク・ニュースではありません。『事実であっても漫画にするのは不謹慎だ』という日本独特の漫画に対する偏見、又は政権や大広告主企業、一部の読者の反応を過度に気にするメディアと、それを忖度するデスクがボツの理由です。

 ボツになると、その漫画の原稿料はもらえません。当然、次からはボツになるようなチャレンジングなテーマは避け、それも『あつものに懲りてなますを吹く』状態になり、付度するデスクを過剰に付度しながら漫画を描くことになり、面白い漫画になろうはずがありません。日本の新聞漫画をつまらなくしている一因だと思います。

 フランスでは私の漫画がボツにされたことはありません。しかし日本では、フランスでは考えられないような理由でボツにされます。

1991年にAERAでボツになった漫画1991年にAERAでボツになった漫画
 1991年、自民党の議員団がアメリカ議会を視察に行きました。当時は共和党のブッシュ(父親)が大統領で、与党も共和党でした。共和党のシンボルは象です。当然象使いはブッシュ大統領です。そこで左のような漫画を描いたのですがAERAでボツになりました。

 担当デスクが言うには、『この漫画は『群盲象を撫でる』という諺を思い起こさせる。群盲の『盲』はXXXだ。XXXは差別用語なのでボツ!』と、三段論法でボツにされました。

 もちろんこの漫画は『群盲象を撫でる』をベースに描かれています。しかし、白い杖を持たせるとか、黒メガネをかけさせるとか、自民党議員を盲人としては描いていません。むしろ、目あきなのにも関わらず、全体像がつかめない人々として描かれている……。それがポイントなのです。

 『現実が見えない政治家』、『民衆の声が聞こえない政治家』、『真実が語れない政治家』……すべて差別用語を思い起こさせる絵だと言う理由でボツにされるなら、政治漫画は描けません。

 漫画が分からない人、判断が偏っている人……。私の経験では、記者上がりの人がデスクを務めるのは平均3年でしょうか。この3年間、問題を起こさず、波風を立てず、次のポストへの安全な昇進だけを考える人が担当デスクとなった時は、漫画家にとって悲劇です。

 多くの場合、ボツにされる漫画は、私の考えでは傑作漫画が多いのです。というのは、インパクトが強く、問題を起こしそうな漫画、問題提起しているチャレンジングな漫画ほど、この手のデスクにボツにされる可能性が大きいからです。なんの主張もなく、人畜無害の漫画の方がかえって歓迎されます。安心して通せる漫画だからです。

 日本の大手の新聞は、

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