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馬毛島アセスで再び露呈する日本の制度欠陥

防衛省が計画する米軍訓練移転と自衛隊基地設置の問題点とは

桜井国俊 沖縄大学名誉教授、沖縄環境ネットワーク世話人

 3月8日に種子島の西方沖約10キロの海上に浮かぶ馬毛島を訪ねた。面積8.2km2の馬毛島は、北海道松前町の西方沖約50キロの地点に位置する渡島大島(面積9.7km2)に次ぐ日本で第二の大きさの無人島だ。

 いま国(防衛省)は、馬毛島の全域を自衛隊基地に変え、あわせてそこで米軍空母艦載機着陸訓練(FCLP)を行うことを計画している。FCLPは、現在暫定的に硫黄島で実施されているが、空母艦載機の拠点である岩国飛行場から遠く、緊急着陸用の飛行場が確保できず、安全性に大きな懸念があることから、馬毛島を恒久的なFCLP施設として活用しようというのである。

種子島の西方に位置する無人島の馬毛島
 馬毛島は行政的には種子島の西之表市に属する。その西之表市では、基地建設の是非を最大の争点に市長選が1月31日に行われ、基地建設反対の八板俊輔氏が市長に再選された。しかし民意がNOを示したにも拘わらず、防衛省(熊本防衛支局)は2月19日に馬毛島基地(仮称)建設事業に係る環境影響評価方法書を告示・縦覧に供した。

 そこで種子島の市民は急遽アセス学習会を開催することとなり、筆者はその講師として種子島・馬毛島を訪問することとなったのである。

安全保障のジレンマ

 事業者の国は、本件事業の目的を「南西地域における自衛隊の訓練施設、緊急時の活動場所を整備することは、わが国の防衛上、極めて重要な課題となっています」との認識のもとで「かかる安全保障上の重要かつ喫緊の課題を解決するため、自衛隊施設を整備し、併せて、その施設を米軍によるFCLP のための施設として活用することを目的とする」と説明している。

 現在、琉球弧では、与那国、石垣、宮古、奄美と自衛隊のミサイル基地の整備が進み、米軍の辺野古新基地でも陸上自衛隊の水陸機動団が共同使用するという構想が露見している。このうえ馬毛島基地が整備されることとなれば、地域一体となっての軍事要塞化が更に加速化する。

種子島の西之表市で開かれたアセス学習会
学習会で話をする筆者

 筆者は、琉球弧に暮らす160万人の市民の一人として、自衛隊基地及び米軍基地による琉球弧の軍事要塞化に反対である。いわゆる「安全保障のジレンマ」により対峙する双方の軍備がエスカレートして一触即発の危機が高まり、ひとたび戦闘が開始されるならば、琉球弧の諸島では地獄図が繰り広げられることが必至だからである。東アジアの平和は、憲法9条の精神に基づき武力によらざる対話によって実現すべきである。

世界標準から大きく遅れた日本のアセス制度

 さて筆者は、環境アセスを専門の一つとする研究者であり、沖縄で実施される各種の環境アセス、とりわけ辺野古アセスが抱える諸問題について分析を行ってきた。その経験に基づき、今回の馬毛島アセスにどう対処すべきか、これが種子島の人々から問われたことであった。それにつけても思うのは、日本のアセス制度のあまりの後進性である。これでは日本の人々の暮らしと豊かな自然は守ることが出来ない。

 世界のアセス制度の標準は1998年6月25日にデンマークのオーフスで採択された「環境に関する、情報へのアクセス、意思決定における市民参加、司法へのアクセス条約」である。2012年3月10日現在、ベルギー、デンマーク、イギリス、フランス、EUなど45の国と地域が批准している。
オーフス条約の背景には、1992年の「環境と開発に関する国際連合会議(UNCED)」で合意された「環境と開発に関するリオ宣言」の第10原則、すなわち「環境問題は、それぞれのレベルで、関心のある全ての市民が参加することによって、最も適切に扱われる」がある。

 具体的にはオーフス条約は、次の3つの権利を定めている。すなわち、

  1. 情報へのアクセス権:市民が、公的な機関が保有する環境情報を開示するよう求めて、その情報を利用できる権利
  2. 意思決定へのアクセス権:市民が、環境に影響を与える事業や政策、行政規則などの意思決定に参画する権利
  3. 司法へのアクセス権:NGO/NPOも含めた市民が、環境に関して訴訟を提起する権利(原告適格の拡大)

である。

 日本のアセス制度がこのオーフス条約の水準に大きく後れをとっていることを誰の目にも明確に示したのは、辺野古アセス訴訟の最高裁判決(2014年12月11日)であった。原告適格なしで上告棄却・門前払いの判決であった。

 日本のアセス法第8条第1項(第18条第1項)は、「方法書(準備書)について環境の保全の見地からの意見を有する者は……これを述べることができる」としている。ところが辺野古アセスでは、沖縄防衛局はオスプレイの配備を後出しし(市民が意見を述べることができない評価書でオスプレイ配備を明らかにした。ルール違反の後出しジャンケンである)、市民は米国ジュゴン訴訟に米国防総省が提出した証拠からオスプレイ配備の計画を知っていたので方法書、準備書の段階で問題にしたが、方法書、準備書にオスプレイの記載がないため議論がかみ合わなかったのだ。

かつて種子島―馬毛島間に連絡船が通っていたころの小さな旅客ターミナル
馬毛島の葉山港近くの共有地で観察された絶滅危惧種イワタイゲキ

 実は日本政府は、市民の反発を恐れて米国政府にオスプレイ配備計画の公表を遅らせるように要請していたのである。これは「アセス法が保障する意見陳述権」の侵害であるとして沖縄の市民が訴えたのが辺野古アセス訴訟である。そして辺野古アセス訴訟の最高裁判決は、前述のように原告適格なしで上告棄却・門前払いであった。アセス法第8条第1項(第18条第1項)は、市民の意見陳述権を保障するものではなく、事業者の情報収集のためのものであるというのだ。オーフス条約批准国であれば、3番目の権利で原告適格ありとなったはずのものである。世界標準のオーフス条約と比べると、日本のアセス制度は、20年は遅れているということになる。

市民の声を「聞き置く」

 日本のアセス制度には様々な欠陥があるが、その一つが方法書に対する市民の意見がどのように扱われたかが、調査・予測・評価の作業に着手する前には分からないという点である。

 方法書が提案する調査・予測・評価の方法に疑問を呈し改善を提案すべく意見書を提出したとする。日本のアセス制度では、その意見がどのように取り扱われたかが分かるのは、調査・予測・評価の作業が終わり、その結果が取りまとめられ準備書に記載されて初めて分かるという建て付けになっている。アセス法第14条(準備書の作成)は、準備書に記載すべき事項の一つとして、方法書に対して述べられた一般の意見の概要を掲げているのがそれである。

 準備書を見て自分の意見・提案が無視されたと分かっても、調査・予測・評価の作業は多額の血税を注ぎ込んで既に終了しており、後の祭りである。アセス制度の建て付けが悪すぎるのだ。市民が指摘した方法書の不備が適切に見直されてアセス作業が実施されたのかどうか、準備書を見るまで分からないというのは、アセスの制度としては問題ありと言わねばならない。

 上に見たように、アセス法第8条第1項(第18条第1項)の「方法書(準備書)について環境の保全の見地からの意見を有する者は・・これを述べることができる」という制度は、アセス制度に設けられた市民参加の制度ではなく、市民の声を「聞き置く」制度でしかない。

マゲシカが可哀そう

 馬毛島の多様な生態系のシンボルは、数百頭が生息していると言われるマゲシカである。マゲシカはニホンジカの亜種で、少なくとも1000年以上前から馬毛島に生息していたことが知られている。

 今回提出された馬毛島アセス方法書の問題点の一つは、馬毛島基地の建設と供用がマゲシカにもたらす環境影響、特に個体群維持への影響を調査・予測・評価する具体的な方法が示されていないということである。換言すれば、マゲシカ個体群が存続しうるか否かを判定できる方法は、このアセスでは用意されていない。

「鹿がごーらシカ」とは「鹿が可哀そう」との種子島方言
馬毛島の葉山港に上陸してすぐの共有地に立つ抗議看板

 マゲシカが馬毛島の多様な生態系のシンボルだとすれば、辺野古・大浦湾の多様な生態系のシンボルはジュゴンである。辺野古新基地がジュゴンに及ぼす環境影響を辺野古アセスが適切に調査・予測・評価できたのかを見れば、マゲシカに及ぼす環境影響の評価手法が適切か否かを判断する上で大いに参考となる。どうやら馬毛島アセスを担当するコンサルタントは、辺野古アセスを実施したコンサルタントと同一のようだからだ。

 マゲシカへの環境影響の調査・予測・評価方法の大枠は、ジュゴンの場合のそれと酷似している。そして辺野古アセスでは、辺野古新基地の建設と供用がもたらすジュゴン個体群の維持への影響は、換言すれば「問題なし」と結論されていた。しかし、辺野古・大浦湾の現実は、辺野古アセスの結論が誤りであったことを示している。辺野古アセスで沖縄島周辺においてその存在が確認されていた3個体のジュゴンのうち、ジュゴンAとCは行方不明であり、ジュゴンBは死亡している。

 こんなアセスで運命を決められてはマゲシカが可哀そうである。