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世界のたんぱく質不足を見通し、「細胞培養」で食肉をつくる

加速する培養肉の研究開発、立ちはだかるコストの壁

川島一公 インテグリカルチャー取締役CTO、農学博士

植物肉と培養肉という2つの代替肉

 従来の食肉に代わる新たなたんぱく質として、「代替肉」の技術開発への投資が増えている。たんぱく質は人間にとって必須の栄養素だ。世界人口は今後も増え、食肉の需要は2050年には05年の約1.8倍になると予測されている。だが、持続可能な発展の観点から畜産業の環境負荷がクローズアップされるようになり、国連食糧農業機関(FAO)は、従来型の肉類の生産方法とは別の選択肢が必要だと指摘する。

肉牛(2014年12月12日栃木版)牛や豚、鶏の飼育には、大量の水や飼料が必要で、牛のげっぷには温室効果ガスが含まれる。代替肉へ移行し、飼料作物の栽培や家畜の飼育などの過程を省くことで、温室効果ガスの排出削減につながるとも期待されている=朝日新聞社

 そこで注目されているのが代替肉だ。代替肉のアプローチは主に2つ。1つは植物由来のたんぱく質を利用した植物肉、もう1つは動物の細胞を培養して作り出す培養肉だ。たんぱく質の生産に必要なエネルギーは、植物肉<培養肉<既存肉の順番で低いとの試算がある。この順で生産に伴う環境負荷が低いということである。

 培養肉の環境への影響を、原料調達から生産、流通、廃棄、リサイクルまで、包括的に定量評価する「ライフサイクル評価」に関する研究も進んでおり、日本でも10月15日にオンラインセミナーが行われる予定だ。

 培養肉のメリットは環境負荷の低さだけではない。消費者のライフスタイルに合わせた供給、食文化の継承と多様化、あるいは公衆衛生や食料安全保障など多面的に好影響を与えると言われている。

 培養肉の生産が産業として確立するようになれば、それは細胞から食料を作り出す「細胞農業」と言える。その実現を目指し、数多くの大手企業が参入し、スタートアップ企業も誕生した。筆者が所属するインテグリカルチャー社もそうした企業の一つだ。目指すのは、現在は特殊な技術や装置が必要とされる動物細胞の培養を誰もができるようにすること、そしてその技術を販売することで、誰もが「細胞農業」に参画できる社会の創造である。

細胞に「体内にいる」と思わせる技術

 代替肉には、最先端の技術というイメージがあるが、実は歴史は長い。植物肉の代表選手は大豆たんぱくで、国内では「がんもどき」といった精進料理などで古くから親しまれてきた。現在は、昔からの原料などをベースに、味や食感などの改良が進み、多くの製品が販売されている。

 培養肉は100年ほど前から研究が進められている。1900年代初頭にはカエルやニワトリの細胞を培養する試みが始まっていたし、1931年にはイギリスのウィストン・チャーチルがエッセーで「胸肉や手羽先を食べるために、鶏を丸ごと育てる不条理から逃れて、適切な部位を適切な培地の中で育てることになるだろう」と書いていた。

ニワトリの幹細胞由来の培養肉の顕微鏡写真ニワトリの肝臓由来細胞を培養してできた「培養肉」の顕微鏡写真。体内と同じ環境を整えることで細胞に体の中にいると思わせ「培養」できるようになる。

 とはいえ、培養肉はなじみが薄い。特に「培養」というワードには、何か小難しいイメージを持たれるかもしれない。だが、「培養」とは、要するに動物の細胞自身に自分は体内にいると「勘違い」させるための技術のことである。細胞を体外で増やそうと思っても、細胞自身が体の中で必要とするものがないと死んでしまう。研究者たちはおよそ100年の年月をかけて、体の中の仕組みを学びながら、体の外に出した細胞に体内にいると思わせるための環境を次々と発見、手法を開発し、知見を蓄積していった。

 今日では、培養の技術は社会実装の段階へと移行しつつある。最も有名な例として、再生医療がある。これも基本的には、細胞が体内にいるのを再現する技術で、培養肉に必要な技術と大きな差はない。今後、細胞培養の技術は、医療用途としての「再生医療」と食料生産用途としての「細胞農業」へと応用され、社会実装が進むと期待される。

体内環境の再現に必要な2つの成分

 体内環境を再現するために必要なものは、

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