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2. 若者の科学リテラシーを鍛える場に

出島に集まる好学者② 修学旅行などで「殿町」来訪、コロナ禍前の5倍

島﨑 眞 (公財)川崎市産業振興財団 iCONM コミュニケーションマネージャー

 川崎市川崎区の臨海部にある「キングスカイフロント」は、「殿町国際戦略拠点」として認定されたバイオテックおよびヘルステックの集積地であり、技術や知識だけでなく様々な専門性を持った人材が集まる。それは、本連載「1.『ナノDDS』研究のグローバルセンターへ」で、ナノ医療イノベーションセンター(iCONM=アイコン)の片岡一則センター長が論じたように、好学者が集まる「出島」に他ならないからだ。

 江戸時代の長崎・出島はイノベーション創出の場であるとともに、人材輩出の場でもあった。iCONMにも国内外から多くの大学院生やポスドク研究員が集う。そして、企業、アカデミアを問わず多彩な人材との交流を経て多くの刺激を受け、より幅広い視点を持つ研究者として成長し羽ばたいていく。

ワークショップ2019年に行った1泊2日のワークショップ。様々な背景をもつ人材が集まり、iCONMの海外進出について議論した=iCONM提供

国境、文化、言語、社会的・政治的な制約を越えて

 先日も、ひとりのベルギー人ポスドク研究員が、オランダのライデン大学に採用されiCONMを卒業していった。ライデン大学といえば、シーボルトを介して、長崎の出島とも大きく関わった大学である。

 送迎会での挨拶(あいさつ)で彼は、「海外に出ることで、アイデア、知識、文化をフランクに交わすことができ、プライベートでもビジネスにおいても自身の成長を促します。知識を得るためには、国境、文化、言語、社会的・政治的な制約を越えてコミュニケーションをとる方法を常に模索しなければならないからです」と述べた(コラム「iCONMからの人材輩出」を参照)。

 私も2年間の海外留学経験があり、世界中から集まったポスドク研究員との交流を経て様々なことを学んだので、彼の言葉はとてもよくわかる。昨今、博士人材の就労問題がクローズアップされ、留学を志す若者が激減していると聞く。果たして、そのことが将来の日本にどのような影響を与えるのだろう。

科学リテラシーの低下に不安

 「理科離れ」という言葉を最近あまり聞かなくなったが、決して改善されているということではないだろう。むしろ、それが常態化し危機感が薄れているといったところだろうか。

 国際数学・理科教育動向調査(TIMSS2019)によれば、「理科の勉強は楽しい」と答えた小学生は92%いたのに対して、中学生では70%にまで下がる。国際平均では、それぞれ86%、81%と日本ほどの大きなギャップは見られていない。このことは、就労意識にも影響を与え、将来、理系の職業に就きたいと考える中学生は27%にすぎない(国際平均:57%)。

 そして、7月28日に文部科学省が結果を公表した「2022年度全国学力テスト」で、中学理科の正答率は49.7%。4年前と比べ16.8ポイントも落としている。特に科学的に探究する力(科学リテラシー)を問う問題が弱いらしい。この結果は、科学技術立国の日本としては将来を大いに憂うべきものである。

 小学校の理科は暗記科目としての要素が濃く、論理的思考ができなくても十分やっていける。しかし、中学、高校と進むにつれ、自然現象の背後にある理論を把握していないと授業についていけなくなり、興味が失せてしまう生徒が増える。

 教科書に「AとBを混ぜたらCができる」と書いてあっても、実際にやってみると予想外のことが起きるものだ。なぜそうなったのかを考えること(考察)が理科では最も重要視されるのだが、どこかのウェブサイトで拾ってきた「絶対に成功する」動画を観ておしまいとなる理科実験は、決して少なくないだろう。実験および観察の結果を考察することで鍛えられるべき「科学リテラシーの力」がつかないし、生徒も全然楽しくない。

 これでは、理科にワクワク感を持たせることは無理だ。国立科学技術政策研究所の報告によれば、科学技術に対する日本国民の注目度および関心度は、それぞれ4%、23%であり、米国での調査結果(それぞれ12%、44%)と比べて大幅に低いことがわかる。

市民との「共感の場」形成を

 市民の科学技術に対する関心の低さは、研究にも影響する。将来の人材不足が懸念されることはもちろんのこと、ひとつの研究プロジェクトを進める上で必要な、市民との「共感の場」が形成しにくくなる(下図)。共感の場とは、「デザイン思考」で最も重要視される「ニーズ調査」を行う場のことである。

図市民と研究者の対話をうまく進めるためには、リテラシーの強化が不可欠=iCONM作成

暮らしに役立つ科学技術のために

 特に工学は人々の暮らしをさらに良くする学問であるという性格上、市民の声は研究の方向性を決める重要な羅針盤となる。しかし、市民の関心が薄ければ声を集めることはできない。選挙と同じである。また、試作品が出来た時には、それを評価して頂かなくてはならない。つまり、そのような一般社会での実証研究が不十分のままでは、暮らしに役立つ科学技術の発展はないと言える。

 同様に、医療においても、日本の「おまかせ文化」は問題視される。確定診断が出て、医師が治療方針を説明しても多くの患者は、「先生にすべてお任せしますので、よろしくお願いします」とすぐに言う。自分の病気のことなのだから、しっかりと勉強して、それがどんな治療で、どんな副作用が想定されるかということは知っておくべきであり、分からないところは分かるまで主治医に尋ねることが最良の医療に出会う秘訣(ひけつ)である。

=shutterstock.com=shutterstock.com

 残念ながら、

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