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「損失と被害」をめぐる深くて、考えさせる話

改めて国連気候変動会議(COP27)の意味を考える㊥

明日香壽川 東北大学東北アジア研究センター/環境科学研究科教授

 今回のCOPを最大の成果は「損失と被害」に対する基金の設立を決めたことだ。この基金は、気候変動の影響による異常気象によって人命や国土が喪失・破壊されるなど、文字通り取り返しがつかない被害を受けた途上国に対して先進国が何らかの資金を提供するというものである。

COP27の会場で、Reparation(賠償)を要求する人たち=エジプト・シャルムエルシェイクCOP27の会場で、Reparation(賠償)を要求する人たち=エジプト・シャルムエルシェイク
 これは、30年前のバヌアツなどの小島嶼(とうしょ)国による提案にさかのぼり、映画『天気の子』(新海誠監督2019年)が描き出した未来の日本がすでに現実となってしまったパキスタンなどにとって、極めて切実な要求であった。

 2013年のワルシャワでのCOP19では、フィリピンの首席交渉官であるイブ・サノ氏が、会議1週間前にフィリピンを襲ったハリケーンの被害を訴えるスピーチを行った。おそらくCOP史上、1、2を争うくらいに感動的なスピーチであり、その中で彼は「損失と被害に関するメカニズムが運用可能になるまで食事を絶つ」と宣言して実施した。しかし、歴史的な排出量で圧倒的に最大の責任を持つ米国をはじめ、先進国はかたくなに「損失と被害」に関する議論を拒否してきた。

 実は、2015年のパリCOPでも、この「損失と被害」が大きな争点となったが、この時は、「1.5℃目標」と、「資金(途上国への資金援助)」「損失と被害」などの他のイシューがトレードされた。すなわち、米国を中心に先進国側は、「1.5℃」という言葉を最終文書に入れる代わりに、途上国側が不十分だと主張していた先進国から途上国への資金援助額をのませ、「損失と被害」に関する具体的な資金メカニズムの構築を最終文書に入れないよう要求した。

 そのため、島嶼国や脆弱(ぜいじゃく)国が要求した「気候変動難民対策機構」という組織の構築などは見送られ、「損失と被害」という項目は入ったものの、米国などの要求で「責任や補償という議論のベースとならない」という念押しのような文言が最終文書には入った。

賠償という意味を持つ基金

 今回、「損失と被害に関する具体的な基金の設立」が入ったのは、COP27では、これが最も重要なシングルイシューであり、他にディールの対象となるようなイシューがなかったことが大きな理由の一つだと考えられる。また、エジプト政府も含めて途上国が一丸となって粘り強く交渉し、英国のスコットランド、デンマーク、ベルギーなどの先進国の一部が、道義的な面から「損失と被害」の必要性に理解を示し、資金を拠出すると誓約したことも大きかった。

 それらの背景には、パキスタンの3分の1の国土が豪雨で水没するなど具体的な気候変動被害の顕在化がある。一方、最終的な文面には、「途上国の中でも特に脆弱な国々」という対象国を絞るために先進国側が要求した言葉も入り、一定の妥協が図られた。

 実は、米国政府関係者にとって「責任や補償」、そしてそれらに必然的に結びつく「賠償(reparation)」という言葉は特別な意味を持つ。なぜなら、現在、米国国内において、奴隷として虐待された黒人や土地を奪われた先住民が、政府に対して補償や賠償を求める動きがあるからだ(実際に、米国政府は第2次世界大戦時の日系米国人の強制収容に関して謝罪し賠償している)。したがって、「責任・補償」あるいは「賠償」は米国にとって絶対的なレッドライン(妥協できないもの)であった。そのレッドラインが今回のCOPではついに越えられた。

途上国への資金援助は先進国の義務

 極めて端的に言うと、気候変動交渉の争点は、削減目標と資金援助の二つしかない。途上国は先進国の責任を問い、資金援助を求めてきた。途上国から見れば、先進国は1人当たりの排出量が格段に大きく、歴史的な排出責任も持つのに、高い排出削減目標を自らに課することを拒んできた。

 そればかりか、

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