再び失敗へと歩みだす内閣府の科学政策 為政者が「アクティブ運用」するな
2019年07月05日
実現すれば社会を大変革する研究を公募して選び、資金を集中投下する……。そんな触れこみの新しい支援制度が、今年度から始まる。内閣府の「ムーンショット型研究開発制度」だ。人類を月へ送ったような、最初は困難にも見える壮大な挑戦を選んで、巨費を託す。
いや、なにも奇をてらった主張をするつもりはない。これは理論と実証によってすでに明確なことだから。つまり、現代経済学の金字塔とも呼ばれる「モダンポートフォリオ理論」の結論そのものだ。ノーベル賞を受けたハリー・マーコビッツやウィリアム・シャープの業績を振り返りつつ、この政策の的外れぶりを確認したい。
朝日新聞の記事によれば、このムーンショット型研究開発制度では現在、「第二の緑の革命」「生活習慣病と無縁の社会」など21件のアイデアが検討されている。今後、有識者が議論して2〜3件に絞り込む。1000億円超の予算が計上されているという。
この記事でも、政策への強い疑問が示されている。「そもそも『大当たり』のくじを狙って買うようなことができるのか」。大学への交付金を減らす一方で、ハイリスクの挑戦には大金を注ぎ込むという。アンバランスぶりには驚くばかりだ。
結論を先に書くと、この政策はもちろん単純に誤っている。理由を簡潔に言えば、「卵を一つのかごに盛るな」ということ。リスクを抑えて期待リターンを最大化できる資産の配分法は、モダンポートフォリオ理論によって定式化されている。
理論の出発は、半世紀ほど前。1952年に経済専門誌「ジャーナル・オブ・フィナンス」に発表された論文で、今日の「金融工学」と呼ばれる分野が産声を上げた。執筆したのは、当時まだ無名のシカゴ大学院生だったハリー・マーコビッツ。わずか15ページの論文の結論は、驚くべきものだった。
さまざまな会社のさまざまな事業は、それぞれが成功したり失敗したりして、その会社の株式や債券の値段を上げ下げする。では、そうした変動リスクを抑えながら一定の収益を目指すには、どうすればよいか。マーコビッツは数学の確率理論を駆使して、方法を具体的に示した。導かれた結論は「さまざまな資産に分散投資する」というものだ。
この業績でマーコビッツは38年後、ノーベル経済学賞を受ける。38年もかかったのは、初めからすんなりとは受け入れられなかったからだ。提出された博士論文をめぐり、シカゴ大の審査委員会は紛糾する。大御所のミルトン・フリードマン教授からは「これが経済論文なのか」と反対されたらしい。
なにしろ彼の論文は、まるで弓矢と的みたいな不思議な図とともに、複雑な数式がずらりと並んだもの。指導教官だった重鎮ヤコブ・マルシャック教授の取りなしがなければ、学位は葬り去られたともいわれる。
難産の末に生きのびたマーコビッツ理論。これが、後にやはりノーベル賞を受けるジェイムズ・トービンによって発展する。トービンは、最適な資産分散の組み合わせが、投資家の分析や調査などとは無関係に決定されることを証明した。「トービンの分離定理」と呼ばれる重要な発見だ。
では一体、その最適の組み合わせ(ポートフォリオ)とは何だろう? この難問を解いたのが、これまたノーベル賞受賞者のウィリアム・シャープだ。彼の「資本資産評価モデル」は、頭文字をとってCAPM(キャップエム)と呼ばれる。この結論もまた驚くべきもの。個別の株を組み合わせる最適のポートフォリオとは、その株式市場の平均値そのものだと証明されたのだ。
しかし現実は冷酷だ。苦労を重ねた「アクティブ運用」が、なにも考えずに東証株価指数やダウ平均に連動させる「パッシブ(受動的)運用」に、結局は勝てない。なにしろファンドマネジャーは高給取りだから、顧客が支払う手数料は多額になる。そんな無駄金を使うよりも、サルにダーツを投げさせて株を買うほうが収益は大きくなるわけだ。
こうした議論への反発は、いまも根強い。だが「アクティブ運用vs.パッシブ運用」の対決には、はっきりと勝敗表がある。
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